―― 北緯23.5度が切り替えるもの ――
台湾の中央付近、嘉義と花蓮を結ぶあたりに一本の線が横切っている。
北回帰線である。
この23.5度という緯度は、夏至の日に太陽が頭上を通る北限を示す。
だが台湾では、この線は天文学上の境界にとどまらない。
線を境に、北は亜熱帯、南は熱帯へと気候が切り替わる。
一つの島の中に、季節のある世界と、季節が溶けていく世界が同居している。
北回帰線は、その緩やかな境目として静かに横たわっている。
甘さが変わる
線は食卓にも痕跡を残している。
「台南の料理は甘い」と言われるのは、嗜好の違いだけではない。
北回帰線より南の熱帯では、かつてサトウキビの栽培が盛んだった。
砂糖は富の象徴であり、南部の料理に甘さが積極的に取り込まれていった。
北へ向かうと、味付けは塩味や醤油の風味が中心になる。
気候の違いがそのまま食文化の方向を決めているように見える。
北回帰線は目に見えない味覚の分水嶺でもある。
時間の流れが変わる
気候の差は、人々の時間感覚にも現れる。
冬に冷たい雨が続く台北では、季節の移り変わりが生活のリズムをつくる。
一方、南部の高雄や屏東では、冬の光が緩むことはあっても、厳しい寒さは訪れない。
日差しの強さは、日中の活動を短くし、夜の時間を長くする。
夜市が街の中心として機能するのは、この熱の使い方の違いから来ているのかもしれない。
北と南で、時間の流れ方がわずかに異なる。
その境目もまた、北回帰線の上にある。
記念碑の立つ場所
嘉義県水上郷には、北回帰線を示す塔が建っている。
初代は日本統治時代、縦貫鉄道の完成に合わせて設置された。
現在の建物は六代目だが、位置は変わらない。
塔の下で空を見上げると、太陽の折り返し地点に立っていることが分かる。
この線の南では、太陽は「頭上を通るもの」であり、北では「傾いて射すもの」になる。
その違いが、島の色彩を少しずつ変えていく。
線の効力
台湾の面白さは、この小さな島の中で環境の変化が急に切り替わる点にある。
新幹線で台北から南へ向かうと、嘉義を過ぎたあたりで車窓の光がわずかに変わる。
湿気の質、影の落ち方、緑の色。
見えない境界を越えたことが、その変化から分かる。
亜熱帯の落ち着きと、熱帯の明るさ。
その二つが隣り合い、混ざりきらずに存在している。
北回帰線は、台湾という島の内側にある力の分布を静かに示している。
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