―― 破壊と恩恵をもたらす「風の回廊」の宿命 ――
台湾は、北太平洋で渦が形を持ちはじめる場所のすぐ先にある。
フィリピン海で育った熱帯低気圧は、太平洋高気圧の縁に沿って北西へ流れ、その進路上に台湾を見つける。
年に三、四度、台風はこの島に触れ、あるいは横をかすめて北へ向かっていく。
大陸へ渡る前の最初の壁として、台湾は太平洋の動きを受け止める役割を背負わされているように見える。
地形がそうさせているだけだが、ここを通る風と水の量は、島の暮らしの形を決めてきた。
山脈が風を折る
台風の道筋に立ちはだかるのが、島の中央に南北へ伸びる中央山脈だ。
三千メートル級の山々は、台風の渦を物理的に乱し、勢力を削る。
台湾ではこの山脈を「護国神山」と呼ぶことがある。
島を守るというより、台風の形を変えてしまう存在として、静かに敬意を払っているのだと思う。
ただし、その代償は大きい。
風上になる東部や山間部では、短時間で信じがたい雨が落ちる。
山に入った雨はすぐに急流となり、谷を削り、川幅を広げる。
台風の破壊は山ではなく、山を下りる途中に現れる。
社会の動きを止める判断
台湾では、台風が近づくと「停班停課」という宣告が出される。
自治体が翌日の仕事と学校を止めるかどうかを判断し、住民はその指示に従う。
これは災害休暇ではなく、経済活動を意図的に止めて命を守る仕組みだ。
風や雨の予測は外れることもある。
それでも、外れたらそれでいいという前提で制度が運用されている。
精神論で動かず、社会システムとして動きを止める。
台風を季節の行事ではなく、一つのリスクとして扱っている。
建物に残された工夫
街を歩くと、建築物にも台風への応答が刻まれている。
騎楼と呼ばれるアーケードは、雨を避けながら歩くための仕組みであり、台風の日にはその役割がよく分かる。
道路沿いの看板は、鉄骨で強固に固定され、強風に備えている。
屋上には薄いトタン屋根が乗せられていることが多い。
もし吹き飛ばされても、すぐ補修できるからだ。
どれも豪壮ではなく、壊れる前提で組まれた小さな対応策である。
台風は勝てる相手ではなく、上手くやり過ごす対象なのだと思う。
台風が連れてくる水
台風は破壊するだけではない。
台湾にとっては、最大の水源でもある。
雨がなければダムは満たされず、農業も工業も動かなくなる。
取水制限が続く年、人々は台風の接近を複雑な気持ちで眺める。
山が高すぎて水が留まらない島では、暴風雨は時に救いになる。
恐れつつも必要としてしまう存在だ。
台湾の台風は、単なる天気ではなく、島の水循環そのものを担っているように見える。
台風が台湾を形づくっている
台風一過の青空の下、山の上にはまだ霧が残り、川はしばらく濁って流れる。
風景は数日で元に戻るが、地形は少しずつ書き換えられていく。
この島の形を決めているのは、長い時間をかけて繰り返される台風の通過なのだと思う。
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