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マレーシアのアヤムゴレンについての記録

アヤムゴレン(Ayam Goreng)はマレーシア風フライドチキンと訳される。

一般にフライドチキンと呼ばれるものは、
小麦粉の衣(バッター)を食べる料理として理解されることが多い。
厚い衣は肉汁を閉じ込める鎧になり、噛んだときに最初に割れるのは粉の層である。

アヤムゴレンは少し違う。
衣は存在しないか、あっても極限まで薄い。
代わりに、ターメリック、レモングラス、ガランガルの繊維が、肉の表面に直接焼き付いている。

揚げるというより、
高温の油を使ったスパイスによるなめし処理に近い。
表面は乾き、香りは焦げ跡として残る。

この国で鶏肉が単なる食材以上の役割を持つことは、
皿の上の黄金色を見ていると、自然に理解されていく。


食卓の平和条約としての鶏肉

マレーシアの食卓は、味覚だけで成立していない。
多民族国家という構造の中で、食卓は常に禁忌と並走する。

マレー系(イスラム教)では、豚肉が絶対的な禁忌になる。
インド系(ヒンドゥー教)では、牛肉が聖なるものとして避けられる。
中華系の一部でも、観音信仰などを背景に牛肉を避ける傾向があると言われる。

豚と牛が宗教的な理由でテーブルから弾かれたとき、
残る肉がある。
鶏(アヤム)である。

この消去法は、食文化の理屈というより、
共同生活の技術に近い。
異なる背景を持つ人々が同じ卓を囲むとき、鶏肉は最も摩擦が少ない。

アヤムゴレンが国民食の座にあるのは、
味が良いから、という説明だけでは足りない。
この国で最も敵がいない食材だった、という社会的な必然性が混ざっている。

食卓の上の鶏肉は、
小さな平和条約のようにも見える。


ママックの鍋と「熱」の循環

マレーシアの街で、24時間眠らない食堂として知られるのがママック(Mamak)である。
その店先には、巨大な中華鍋が置かれていることが多い。

中では赤黒い油が泡立ち、
鶏肉が揚げられている。
油の表面は常に動き、火は落ち着かない。

客はメニューを見る前に、耳で鮮度を判断することがある。
金属の網杓子が鍋の縁を叩く硬い音がする。
カン、カン。
それは、新しいバッチが揚がった合図のように聞こえる。

人気店ほど、鶏肉はトレイに留まる暇がない。
揚げ続け、皿に乗せ続け、また揚げる。
回転が止まらない。

この高速回転が、肉の水分を失わせず、
スパイスの香りを揮発させない方法であることを、
彼らは経験的に知っているように見える。


ナシレマとナシカンダーの上での役割

アヤムゴレンは、単体で完結するというより、
皿の上で機能を持つ部品として配置されていることが多い。

ナシレマ(Nasi Lemak)の場合、
ココナッツミルクで炊かれた甘く重い米が基礎になる。
その柔らかい質感には、鋭利な塩気と歯ごたえが必要になる。
アヤムゴレンのクリスピーな皮と繊維質な肉質が、
輪郭を引き締める錨の役割を果たす。

ナシカンダー(Nasi Kandar)の場合、
複数のカレーが掛け合わされ、皿の上は洪水のようになる。
バンジル(Banjir)と呼ばれる状態だ。
すべてが液体に侵食されていく中で、
アヤムゴレンだけが固形物としての尊厳を保とうとする。

ここで忘れられないのが、クラックである。
鍋底に残る揚げカス。
スパイスと鶏の脂が凝固した結晶体のようなものだ。

客はこれを、ふりかけのように米へかけることを好む。
余剰物が主役級の調味料へと昇華する。
廃物利用の極致という言葉が、ここでは大げさに見えない。


黄色と赤のグラデーション

アヤムゴレンを一口食べたとき、
最初に広がるのは香りの層である。

黄色は、ターメリックの土っぽい香りを残す。
色は明るいが、香りは暗い。

繊維は、爽やかな柑橘系の余韻を引き伸ばす。
肉の表面に張り付いたヒゲが、噛むたびに香りを放出する。

辛味は、突き抜ける刺激として最後に立ち上がる。
辛さは均一ではなく、箇所によって濃淡がある。

この料理は、スプーンとフォークでは完結しにくい。
指先で熱い皮を裂き、骨の周りの肉をこそげ取る。
手食は、ここでは形式というより合理に見える。

指に残る脂とスパイスの匂いまで含めて、
アヤムゴレンを食べた、という体験が成立する。


街を覆う香り

マレーシアの街を歩くと、
どこからともなくスパイスを焦がした油の匂いが漂ってくることがある。
それは高級レストランの香りではない。
路上の、生活の匂いである。

アヤムゴレンは特別な日のご馳走ではない。
しかし、日常を回していくために欠かせない燃料として、
黄金色で存在しているように見える。

鶏肉は、国の中で最も安全な言語になっている。
その言語は、油とスパイスの焦げ跡として、今日も皿に残っている。

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