―― ショーケース前の逡巡 ――

ナシカンダー(Nasi Kandar)の注文カウンターに立つ。
ガラスケースの中には料理が積まれている。
茶色、赤、黒、黄金色。
色だけで皿の重さが想像できる。
選ぶのはラウク(Lauk)である。
おかずを指差すだけの行為に見える。
ただ実際には、その日の皿の設計になる。
辛いか、甘いか、苦いか。
味の重心が決まる。
カリカリか、煮込みか。
食感の構成も決まる。
代表的な主菜について、
それぞれの機能と味わいを記録しようと思う。

鶏肉(Ayam):絶対的な王者
ナシカンダーにおいて鶏肉は基本通貨のように扱われる。
迷ったときの逃げ道にもなる。
大きく分けて揚げと煮込みの2系統がある。
揚げはドライである。
煮込みはウェットである。
同じ鶏でも、皿の地形が変わる。
アヤムゴレン(Ayam Goreng)
役割は食感のアンカーになる。
カレーの海の中で、固形物の尊厳を保つ。
衣にはスパイスが入る。
噛むと肉の繊維が出てくる。
選んで失敗しにくい。
皿の輪郭が崩れない。
アヤムキチャップ(Ayam Kicap)
役割は黒い重力になる。
ペナン発祥とされる煮込みだ。
黒醤油(Kicap Pekat)とスパイスで煮込まれる。
色は深い。
焦げたような苦味がある。
コクが強い。
ご飯が早く消えていく。
アヤムマドゥ(Ayam Madu)
役割は甘みの緩衝材になる。
蜂蜜(Madu)で煮込まれた赤い艶の鶏だ。
激辛のカレーと合わせると、対比が出る。
甘さが辛さを抑えるというより、輪郭を強める。
甘と辛が並ぶだけで、皿の温度が変わる。
アヤムサンバル/メラ(Ayam Sambal / Merah)
役割は赤の起爆剤になる。
サンバル(Sambal)ベースのソースで煮込まれる。
酸味と辛味が強い。
カレーソースと混ざると粘度が増す。
赤が濃くなる。
口の中で熱が長く残る。
赤い肉(Daging & Kambing):スパイスの極致
鶏肉よりも重い。
より強くスパイスを感じたいときの選択になる。
肉の繊維は太い。
油脂も強い。
皿全体が沈む方向へ向かう。
ダギンヒタム(Daging Hitam)
牛肉の黒煮込みである。
繊維がほぐれるまで煮込まれる。
アヤムキチャップより黒い。
味も凝縮されている。
ペナンのスタイルの真骨頂として置かれていることが多い。
口に入れると、甘さより苦さが先に来る。
カンビン(Kambing)
マトン、あるいはヤギである。
独特のクセがある。
獣臭と言ってもいい。
それをカルダモンやクローブのような強いスパイスでねじ伏せる。
カレーソースも濃くなる。
肉を選ぶというより、ソースの濃度を選ぶ感覚に近い。
海鮮(Sotong & Udang):時価という名の贅沢
ショーケースの中で、海産物は異彩を放つ。
サイズが大きい。
値段も上がる。
皿の上の贅沢枠になる。
ソトン(Sotong)
イカである。
皿からはみ出すほど巨大なものもある。
イカの卵(Telur Sotong)が塊で置かれていることもある。
食感はプリプリではない。
ムチムチした弾力になる。
揚げてから甘辛いソースに絡めてあることが多い。
噛む時間が長くなる。
ウダン(Udang)
エビである。
殻付きのまま揚げ煮にされる。
大ぶりのものが出てくる。
味噌の旨味がカレーに溶け出す。
海の味が皿全体に広がる。
肉とは別の重さが出る。
副菜(Sayur & Telur):皿を整える調整役
主菜が決まったら、最後に隙間を埋める。
副菜は名脇役として置かれる。
ただの箸休めでは終わらない。
皿の脂を中和する。
舌を保護する。
塩分で白飯を動かす。
それぞれ機能がある。
クビスゴレン(Kubis Goreng)
キャベツのポリヤルである。
役割は食感のリセットになる。
ターメリックとマスタードシードで炒められる。
シャキシャキした歯触りが残る。
野菜の甘みも出る。
濃厚すぎるカレーの脂を中和する清涼剤になる。
ベンディ(Bendi)
オクラである。
茹でただけのシンプルな形で置かれることが多い。
役割は粘りの潤滑油になる。
特有のネバネバが舌を保護する。
辛さで痛んだ口内を撫でるように働く。
皿の中に柔らかい層ができる。
テルルルブス(Telur Rebus)
ゆで卵である。
役割はボリュームの嵩増しになる。
ハードボイルドの全卵が置かれる。
黄身をカレーに溶かして、味をマイルドにする人もいる。
皿の角が少し丸くなる。
テルルマシン(Telur Masin)
塩漬け卵である。
アヒルの卵を塩水に漬けて発酵させる。
役割は塩分の爆弾になる。
白身は強烈に塩辛い。
黄身はねっとり濃厚になる。
ほんの少し齧るだけで白飯が進む。
起爆スイッチのように働く。
普通のゆで卵と間違えると痛い目を見る。
テタリ(Teh Tarik):皿を終わらせる甘い液体
ナシカンダー(Nasi Kandar)の皿は、油と塩と辛さでできている。
食べ終わるころには、舌の表面が少し鈍くなる。
そこでテタリ(Teh Tarik)が置かれる。
甘い練乳紅茶である。
熱く、濃く、重い。
辛さの後に飲むと、口の中の角が丸くなる。
舌の熱が少し落ち着く。
脂の膜が、ミルクでほどけていくように感じることもある。
ナシカンダーの終わりは、皿ではなく飲み物で決まる。
食事の最後に甘さを置くことで、全体が一度リセットされる。
それが習慣として残っている。

自分だけの地図を描く
今日は揚げ鶏で攻めるか。
イカで贅沢をするか。
黒い牛肉で沈むか。
その日の体調と欲望に合わせて、皿の上に地図を描く。
ラウク(Lauk)を選ぶとは、その作業に近い。
完璧な組み合わせが見つかる日もある。
そのときナシカンダー(Nasi Kandar)は、単なる食事を少しだけ超える。
ただ翌日になれば、またショーケースの前で迷う。






