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マレーシアのナシレマについての記録

早朝のマレーシアは、まだ街が起ききっていない。
空は明るくなりきらず、車の音も少ない。
路上のテーブルだけが先に稼働している。

その上に、緑色の小さなピラミッドが山積みされている。
正確には、ピラミッドというより正四面体に近い。
バナナの葉の折り目が角を作り、輪郭を保っている。

それは包みのまま売られている。
中身は見えない。
開ける前から香りだけが漏れてくる。

これがナシレマ・ブンクス(Nasi Lemak Bungkus)だ。
ひとつ1〜2リンギット程度で、30〜60円くらいの感覚になる。
この小さな包みが、朝を起動させる最小単位のスイッチとして機能しているように見える。

皿に盛られた豪華なランチ版もある。
ただ、まず目につくのは、この原形のほうだ。
携帯されることを前提にした形が、完成されたシステムに見えてくる。


ナシレマとは何か

ナシレマ(Nasi Lemak)は、言葉としては単純だ。
ナシ(Nasi)がご飯で、レマ(Lemak)が脂、あるいはクリーミーさを指す。

直訳すると脂ご飯になる。
だが実際は、ココナッツミルクで炊いた米のことを指している。
香りの立ち方が、白米とは別の方向を向く。

口に入れると、まず甘い香りが上がる。
ココナッツの匂いに、パンダンリーフ(バイトゥーイ)(Pandan Leaf / Daun Pandan)の青い甘さが混じる。
その直後に、辛味が衝突してくる。

ここで主役になるのはサンバル(Sambal)だ。
発酵エビの匂いがあり、容赦がない。
甘い米を、辛さが追いかけてくる。


5つの基本要素

ナシレマには、標準構成がある。
店が変わっても、だいたい同じ形で現れる。

香り米(ココナッツミルク炊き)
サンバル(発酵エビ風味の辛味ペースト)
イカンビリス(Ikan Bilis)とピーナッツ
キュウリ(スライス)
ゆで卵(ハードボイルド)

これはおすすめトッピングではなく、部品に近い。
ひとつ欠けると、別の料理になる。

イカンビリス(Ikan Bilis)は小魚で、揚げてある。
乾いた塩気があり、サンバルの湿り気と対になる。
ピーナッツは香ばしさと脂を足す。
キュウリは水分を入れる。
ゆで卵は中立の壁として置かれる。

構成は単純だが、役割分担がはっきりしている。


ココナッツライスの収斂進化

ココナッツミルクで米を炊くという行為は、マレーシア固有ではない。
ココナッツが自生する地域では、似た解答が繰り返されている。

いわゆる食の収斂進化に近い。
気候と素材が同じなら、料理も似てくる。

インドネシアにはナシ・ウドゥ(Nasi Uduk)がある。
炊く段階でスパイスを大量に入れる。
丁字やシナモンのような香りが、米の内部に入り込む。
ナシレマより、米そのものの香りが複雑になる。

タイにはカオマン(Khao Man)がある。
マンゴーと一緒に甘く食べられることが多い。
米の甘さを、甘さとして扱う方向に寄っている。

コロンビアにはアロス・コン・ココ(Arroz con Coco)がある。
ココナッツミルクを焦がして茶色い油にし、そこから炊き込む。
メイラード反応の方向へ舵を切る。

兄弟が多い中で、ナシレマの輪郭を作っているのは、サンバルとの衝突に見える。
甘い米に、強烈な辛味と魚の発酵臭をぶつける。
対比で成立している。


1909年の記録と労働者の朝

正確な誕生日は分からない。
ただ、1909年の文献には、すでにマレー人の生活の一部として記録されているという。

もともとは農民や漁師、ゴム園の労働者が、早朝に持って出る携帯食だった。
弁当としての機能が先にある。

求められたのは、昼まで腐らないこと。
冷めても美味しいこと。
過酷な労働に耐えるカロリーがあること。

この条件が、形を決めていったように見える。
朝の市場で積まれている包みは、その名残のまま現在に残っている。


なぜその形になったのか

ナシレマの形は、偶然ではないように見える。
素材と気候に対する回答として、いくつかの必然がある。

まず米の保湿がある。
マレーシアで一般的なインディカ米は、パサつきやすい。
冷めると硬くなりやすい。

ここに油脂が入る。
ココナッツミルクの脂が米をコーティングし、水分の蒸発を遅らせる。
冷めても、しっとりした食感が残る。

次に包装がある。
ブンクス(Bungkus)は包むという意味で、形そのものを指す。

なぜバナナの葉なのか。
葉にはポリフェノールが含まれ、抗菌作用があるとされる。
さらに通気性がある。
熱い飯を包んでも、密閉されすぎない。

蒸れて腐るのを遅らせる呼吸するパッケージとして働く。

そしてサンバルがある。
サンバルは辛いだけではない。
塩分があり、油があり、加熱されている。

理想的なサンバルでは、油が分離する状態が出る。
ペチャ・ミニャック(Pecah Minyak)と呼ばれる。
水分が飛び、殺菌され、油膜が残る。

その油膜が、菌の侵入を防ぐ蓋になる。
辛さは刺激であると同時に、防腐の機能にも寄っている。


ナシレマに添えられるもの

ナシレマは単体で完結している。
だが、他の要素と合わさると別の姿になる。

まずアヤムゴレン(Ayam Goreng)がある。
役割は、柔に対する剛に近い。
米とサンバルだけでは不足する咀嚼の快楽とタンパク質を補う。

スパイスでマリネされた衣は乾いていて、
ココナッツライスの脂を受け止める。
油と油がぶつかるのではなく、油が分散する。

次にテ・タリ(Teh Tarik)がある。
辛に対する甘として置かれる。

練乳の甘さとミルクの脂肪分が、舌をリセットする。
ナシレマを食べた後にテ・タリを飲むまでが、朝の儀式として回っているように見える。

包みを開く。
辛さを入れる。
甘さで戻す。
この往復が、熱帯の朝を進めていく。


国民の共通言語

マレー系、中華系、インド系。
宗教も言語も違う。
生活の作法も少しずつ違う。

それでも、ナシレマの包みを開く瞬間だけは、
全員が同じ動きをしているように見える。

葉をほどき、
湯気を逃がし、
サンバルの位置を確認する。

30円の包みの中に、気候への適応がある。
保存の知恵がある。
多民族が共有できる単純な形式がある。

朝の路上に積まれた小さな正四面体は、
今日も同じ形で並んでいる。
それだけで、国が起きていく。


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