―― 継ぎ足される「漆黒」 ――

Jalan Tuanku Abdul Rahman。
KLの人は短く、Jalan TARと呼ぶ。
新しいビルが立ち、古いショップハウスが残る。
歩道の端には露店が滲み出し、昼でも空気が重い。
この通りには、都市の古層がそのまま露出している。
澱のような熱気があり、風が抜けない。
その一角に、色褪せた緑色の看板がある。
Kudu bin Abdul。1969年創業。
電飾で客を呼ぶ店ではない。
ただそこにあり、気づくと人が吸い寄せられている。
ここにあるのは、流行りのスパイスカレー的な華やかさではない。
もっと重く、苦く、甘い。
歴史の味がするタイプの店に見える。

「黒」が先に立つ店
KuduをKuduたらしめているのは、黒さだ。
ナシカンダーの皿は、本来もっと色が多い。
赤いサンバル。
黄色いカレー。
白いご飯。
だが、この店では黒が先に立つ。
Ayam Masak Kicap。鶏の醤油煮込み。
日本の照り焼きのような透明感のある黒ではない。
スパイスと油脂と醤油が煮詰まり、粘度を増した漆黒。
タールに近い。
皿に盛られた瞬間、他のクアの色が少し霞む。
視界が黒に引っ張られる。
口に入れると、甘みがまず来る。
その奥から、焦げたような苦味が遅れて出る。
最後に唐辛子の刺激が残る。
料理というより、エネルギーの塊に近い。
燃料のような味がする。
このエリアが労働者の街だったことを思い出す。
短時間でカロリーと塩分を脳に叩き込む。
そういう方向へ最適化された黒に見える。
1969年という「時」が店に残る
Kuduが創業したのは1969年。
マレーシアの現代史の中でも、ざらついた年だ。
この年、クアラルンプールでは5月13日事件が起きている。
総選挙の後、民族間の衝突が拡大し、死者が出た。
非常事態が宣言され、街の空気は変わった。
その年に、ペナンからKLへ出てきて店を構えた。
そういう事実が、店の入口に置かれている。
ここでは歴史は語られない。
壁に説明文が貼られているわけでもない。
ただ、年号だけが残る。
1969という数字が、看板の裏側で重みを持つ。
ハーフ・ショップという器
店の構造は、古いショップハウスの文法に従っている。
間口は狭い。奥に長い。
天井には古い扇風機が回っている。
回転が遅く、音だけがある。
壁には色褪せた写真が貼られている。
誰の写真か分からないものもある。
床はよく磨かれているが、ピカピカではない。
油と時間の層がある。
周囲が再開発され、チェーン店が増えても、
Kuduの店内だけは大きく変わらない。
改装されず、システムも変わらない。
その不変性が、常連にとってのアンカーになる。
店の味ではなく、店の時間に戻ってくる人がいる。
相席がつくる短い「調和」
狭い店内では相席が基本になる。
空席があっても、間を詰めて座る。
マレー系の公務員がいる。
インド系の商人がいる。
中華系の老人がいる。
旅行者も混じる。
会話は多くない。
みな黙って、右手を動かしている。
政治的なスローガンとしてのMuhibbahではなく、
生活の現場としての調和がある。
同じテーブルに座る理由は単純だ。
Kuduの飯が食べたい。
それだけで、人種や宗教の壁が一時的に薄くなる。
この一時的、というところが重要に見える。
永続的な理想ではなく、昼食の間だけの実務。
それでも十分に機能している。

盛り付けという職人芸
カウンター側を見ると、ベテランの店員がいる。
Jokiと呼ばれる人たちだ。
無駄のない動きで、皿を作る。
客の顔を見て、ご飯の量を決める。
肉の部位も迷わない。
盛り付けは、計量ではなく判断で進む。
それでもブレが少ない。
クアをかける。
別のクアを重ねる。
最後に黒を置く。
Banjir。
浸水させる、という言葉が合う。
皿の上で味が混ざり始める前に、客は食べ始める。
混ざる速度を計算する必要がある。
急ぐ理由は、混ざりすぎる前に食べ切るためだ。
食後に残る重み
食べ終えて店を出る。
外の熱気が、少しだけ涼しく感じる。
満腹感がある。
発汗もある。
胃袋に残る重さは、単なる物理的な質量ではない。
50年分の手癖と、土地の条件の重みが混じっている気がする。
Kuduは、KLにおけるナシカンダーの原器に近い。
華やかさはない。
だが、この基準点を知っていると、
他の店のカレーが少し違って見える。
Jalan TARの古い層の中で、
黒い重力だけが今日も回り続けている。
Restoran Nasi Kandar Kudu Bin Abdul
— 335, Jalan Tuanku Abdul Rahman, Chow Kit, 50100 Kuala Lumpur
— 10:00~22:00(日曜は20:00まで)
— モノレール「Medan Tuanku」駅から徒歩約5分。






