―― 紅焼の濃さに向き合う永康街の昼 ――
東門駅から永康街へ入ると、街の匂いが変わる。
カフェと雑貨の並ぶ観光の通りだが、昼どきの空気にはどこか落ち着きがある。
その先に永康牛肉麵がある。
扉の前には静かな列ができていて、観光地らしいざわめきが周囲を囲んでいた。
紅焼という試金石
席に座り、紅焼牛肉麺を注文する。
厨房の奥で、鍋から立ち上る湯気が重く漂っていた。
永康の紅焼スープは、ひと口で印象が決まる。
牛骨の厚い出汁に、豆板醤の辛味が重なり、醤油のコクが底に積もっている。
八角の香りは強すぎず、しかし確実に輪郭を作る。
そのすべてが濃く、避けようのない力を持っていた。
好き嫌いは分かれるかもしれない。
だが、この濃さを基準にして台湾の牛肉麺が語られることは多い。
これを受け止められるかどうかで、台湾の味覚に馴染めるかが決まるようにも思えた。
試金石という言葉が頭に浮かんだ。
麵は太く、食べ進むほどにスープの重さが染みていく。
牛肉は大きく、繊維が崩れる寸前の柔らかさ。
紅焼の濃厚さに対し、肉の味は素直だった。
清燉という逃げ道
永康牛肉麵には、塩味の清燉牛肉麺もある。
透明に近いスープで、牛の出汁だけが静かに広がる。
紅焼ほど強くはないが、物足りなさはなかった。
脂の香りと塩味の輪郭が、短い余韻を残す。
紅焼の有名さに隠れがちだが、清燉を推す常連も多いらしい。
観光客が紅焼を選ぶのとは対照的に、
食べ慣れた地元客の手が伸びる先は、静かな清燉だった。
二つのスープは対照的だったが、
どちらも永康の味を成り立たせる片割れのように感じた。
粉蒸排骨という名脇役
麺を待つあいだ、小さな蒸籠が届いた。
粉蒸排骨だった。
サツマイモとスペアリブを粉でまぶし、蒸したもの。
蓋を開けると、湯気の中にサツマイモの甘い香りが混じる。
骨付き肉は柔らかく、噛むと粉の香りが軽く広がる。
紅焼スープの強さの合間に、この優しい甘さが挟まる。
前菜というより、濃い味の流れをひと呼吸だけ変える役割だった。
麺よりも静かな存在だが、確かに必要とされていた。
永康街という観光地の中で
店の外に出ると、通りは観光客であふれていた。
カフェのテラス席、雑貨屋の袋、写真を撮る人。
その動線の中に永康牛肉麺の列が入り込み、
並ぶこと自体が観光の一部になっていた。
観光客向けと揶揄されることもあるが、
50年以上続く味の強さが、この店の支えだった。
観光の喧騒と、牛肉麺の生活感が混ざり合う通り。
永康街の雑味そのものが、この店の文脈を作っていた。
酸菜が作る最後の揺れ
卓上の酸菜は、食べる人によって扱いが違った。
少しだけ入れる人、山盛りにする人。
酸味と香りが紅焼の重さを揺らす。
スープの濃さに慣れてきたころ、
酸菜の存在が食べ進む速度を変える。
自由に味を調整するという行為が、
永康牛肉麺を「観光名物」ではなく「自分の昼飯」に近づけていた。
食べ終え、通りに戻ると、
永康街はいつもの観光地の顔を取り戻していた。
牛肉麺の余韻だけが静かに残り、
店の前には次の客の列ができていた。
住所: 106台北市大安區金山南路二段31巷17號
営業時間: 11:00 – 20:30 (無休) ※通し営業
アクセス: MRT東門駅 3番出口から徒歩約5分。永康街のメイン通りから少し入ったところ。
地図: https://maps.app.goo.gl/NipYaQEn7PZiRLm96
台北で最も有名な牛肉麺店。濃厚な「紅焼」が看板だが、あっさりした「清燉」も人気。サイドメニューの「粉蒸排骨(スペアリブの蒸し物)」は必食。
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