台北で細肉を魯肉飯と呼ぶ現象についての記録
台北で魯肉飯を頼むと、細かく切った豚肉が白飯を覆う。ところが台南や高雄では、同じような細肉の飯が「肉燥飯」と書かれ、魯肉飯には大きな肉が載ることがある。
台北で魯肉飯を頼むと、細かく切った豚肉が白飯を覆う。ところが台南や高雄では、同じような細肉の飯が「肉燥飯」と書かれ、魯肉飯には大きな肉が載ることがある。
台北の魯肉飯と台南の肉燥飯は、白いご飯に茶色い豚肉をのせる姿こそ似ている。けれど、前者では醤油の塩気が立ち、後者では氷砂糖の甘みが先に広がる。
いまの台北の夜市に並ぶ牛肉麺や小籠包を、1949年以前の風景へそのまま移すと、看板の多くが消えてしまう。そこに残るのは、サツマイモや在来米を使った、別の食卓だった。
嘉義市には火雞を育てる養殖場がない。それでも市内には、コンビニ四社の店舗数を合わせたより多くの雞肉飯店があり、その多くが周辺から運ばれた七面鳥を使っている。
39元の魯肉飯を目当てに店へ入り、レジ前のトレイを見ると、青菜やスープ、卵まで並んでいる。小さな丼だけで終わる客は少なく、いつの間にか一食分の形ができている。
30元前後が相場の魯肉飯を、ひげ張はそのほぼ2倍で出している。尖った味を売りにする店ではないのに、昼時の店内には客が途切れず、街のあちこちで同じ髭のロゴを見かける。
港に近い高雄の街で、高さ347.5メートルの高雄85大樓だけが周囲の建物を大きく突き抜けている。いまは一棟だけが別の時代から残されたように見えるが、完成した1997年の空には、その先の高層開発まで描かれていた。
港に近い倉庫群では、剥がれた塗装や露出した配管の横に、壁画や彫刻、カフェが並んでいる。人の集まる観光地でありながら、床の溝や錆びた鉄骨には、かつて貨物を待っていた場所の手触りが残っている。
夜になると、愛河之心ではS字型の橋と水面の光に人が集まり、ベンチには散歩や写真を楽しむ人が座っている。穏やかな公園に見えるこの場所には、雨のときだけ姿を変える別の輪郭がある。
高雄の大立百貨にあるルイーサ咖啡は、見慣れたオレンジ色の看板から想像する店内とは少し違う。蔦屋書店の本棚の先には、五福路のロータリーを見下ろす窓際の席がある。
12月の高雄・左営で芒果好忙を訪れると、店名の主役であるマンゴーは姿を消し、氷の丼を真っ赤なイチゴが覆っている。そこへ大きなプリンまで載せられると、かき氷はもうデザートだけの大きさではない。
85ビルや高雄市立図書館総館の足元で、黄金色の炒飯に生の赤唐辛子が散っている。レンゲですくうと米粒はさらりと崩れ、汁気の少ない硬さがそのまま残る。
台北の角を曲がるたび、赤い「永和豆漿」や黄色い「美而美」の看板が現れる。同じ店が続いているように見える街で、店内の味や経営者まで同じとは限らない。
夕暮れの三多商圏では、巨大な百貨店の足元に花屋と屋台の並木が伸び、切り花の匂いに油の匂いが重なる。上へ積み上がる消費と、地面に広がる生活の市場が、同じ通りに並んでいる。
九份や三峡の老街には観光客が集まる一方、駅前のコンビニを曲がった先にも、古い街屋や廟のまわりで続く市場がある。看板も整備もないその路地は、観光地として数えられないまま、今も街の一部になっている。