―― 塩埕区に残る、汁なしの名店 ――
高雄の旧市街・塩埕区。古い商店が並ぶ一角に、港園牛肉麵はある。
1953年創業という、とても長い時間を積み重ねてきた店だ。
昼を少し過ぎても列が絶えない。外から見ると、その熱気だけが店の歴史を示しているようだった。
椅子の隙間を縫うように店員が動き、客は相席で黙々と麺をすする。
観光地の賑わいとは違う。ここでは「食べるために来る」という目的だけが共有されていた。
汁なし(拌麵)こそが、この店の中心
牛肉麺の店ではあるが、ここに座る多くの人が注文するのは汁なしだ。
牛肉拌麵。丼の底には、ラードと醤油のタレが沈んでいる。
麺を持ち上げると、油が光り、醤油の香りがふっと立つ。
混ぜるという行為そのものが、この料理の導入になる。
麺がタレを拾い、タレが肉を包む。
一口目は重い。豚脂の甘さがそのまま舌に乗る。
二口目で、肉の旨味が追いかけてくる。
上品さとは少し遠い。だが、記憶に残る濃度を持っていた。
汁ありの牛肉湯麺も悪くない。
けれど、この店では拌麵がひとつの完成形になっている。
ニンニクで変わる味の構造
卓上には刻みニンニクと唐辛子が置かれている。
途中でそれを投入するのが、この店の流儀だと聞いた。
試しに少しだけ混ぜてみる。
豚脂の重さがすっと引き締まり、麺の勢いが戻る。
さらに加えると、タレが鋭さを帯び、味の輪郭が変わる。
油の旨味とニンニクの刺激。
その交互の波で、丼の中が最後まで崩れない。
静かな変化ではなく、はっきりした起伏がある。
この動きの強さが、港園の味を特徴づけていた。
刻まれた肉と、麺の絡み
港園の牛肉は大きな塊ではない。
細かく刻まれていて、麺とタレの一部になっている。
噛み応えのある肉ではなく、旨味を渡すための肉。
考えてみれば、汁なしという形式では、この切り方が理にかなっている。
大きな肉は流れを止める。
細かな肉は麺と混じり、味の層を厚くする。
丼を混ぜるたびに、肉が均一に散らばっていく。
シンプルに見えて、よく考えられた構造だった。
蒋経国も訪れたという歴史の厚み
創業は1953年。
当時の高雄の飲食文化を語るうえで、この店を外すことは難しい。
蒋介石の息子である蒋経国も訪れたという話が残っている。
写真やサインがあるわけではないが、
店の雰囲気には、長く愛されてきた店特有の落ち着きがあった。
店内は常に慌ただしく、スピードだけが支配しているように見える。
だがその奥に、積み重ねられた時間の層がある。
それが料理の濃度を支えているように思えた。
大牛との対比としての港園
大牛の汁なしを語るとき、港園の存在は避けられない。
港園は、ラードの厚みとタレの勢いで押してくる。
パンチ力があり、ニンニクでさらに加速する味だ。
剛の方向へまっすぐ伸びている。
対して大牛は、スープと麺のバランスを重視した柔らかい構造を持つ。
汁なしにも清燉の出汁が添えられ、味を戻す逃げ道がある。
重さと軽さが同居している。
どちらが優れているという話ではない。
ただ、汁なしという同じ形式で、味の成立の仕方がまったく異なる。
その差を確かめるためにも、港園は「基準点」として機能する。
旧市街の街並み
店を出ると、塩埕区の古い街並みが続いていた。
高雄の中心部の喧騒とは違う、ゆっくりした空気が流れている。
口の中には、まだタレと油の余韻が残っていた。
強い味だった。だが不思議と嫌な重さはなかった。
港園牛肉麵。
汁なしの中に、長い歴史が沈んでいた。
また近くに来たとき、同じように丼を混ぜて食べるのだろうと思った。
住所: 803高雄市鹽埕區大成街55號
営業時間: 10:30 – 20:00 (無休)
アクセス: MRT鹽埕埔駅から徒歩約10分。愛河に近いエリア。
地図: https://maps.app.goo.gl/83LKFoARJhCRUFC16
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