―― 無限のバリエーション ――

ロティ・チャナイ(Roti Canai)は、マレーシアの朝に最もよく出てくるメニューだ。
基本のロティ・コソン(Roti Kosong)は、あくまで始まりに過ぎない。
ママック(Mamak)の鉄板の前では、客のわがままがそのままメニューになる。
何かを包む。何かを混ぜる。形を変える。
小麦粉の生地は、あらゆる食材を受け入れる白いキャンバスのような受容力を持っている。
この店では、食事からデザートまで、変幻自在に姿を変えるロティの生態系が、毎朝のように展開されている。
それは発明というより、反復の中で生まれる変奏に近い。

食事としての進化
ロティ・チャナイが「朝食」として成立しているのは、軽いからではない。
むしろ、油と小麦粉で腹を落ち着かせるための形式として機能しているように見える。
ロティは単体では薄い。
だが、何かが加わると、食事としての重さが発生する。
ロティ・テロール(Roti Telur)
最も一般的な進化形に見える。
卵が入ることで、生地は厚みを増す。
表面の乾いたパリパリ感は残るが、中心部は少し湿り、噛むとモチモチに近づく。
食感の軸が移動する。
カレーソース(クア/Kuah)を吸い込む力も強くなる。
コソンが「浸す」食べ物だとしたら、テロールは「抱え込む」食べ物になる。
朝に強いのは、この密度があるからかもしれない。
眠い身体に、わかりやすい栄養が入ってくる。
ロティ・バワン(Roti Bawang)
紫玉ねぎの粗みじん切りを包み込む。
熱が入った玉ねぎは甘くなり、時折「ジャキッ」とした歯ざわりが残る。
単調になりやすい小麦粉の味に、リズムが加わる。
香りは強くない。だが、噛んでいる間に変化が起きる。
朝のロティは、急いで食べられることが重要だが、同時に単調すぎても続かない。
バワンは、その中間に置かれた調整のように見える。
ロティ・サルディン(Roti Sardin)
缶詰のイワシを、トマトソースごと崩して包む。
鉄分と油分が強い。味も濃い。
これは軽食ではなく、完全な食事の重量感を持つ。
ロティというより、携帯できる煮込み料理に近い。
港湾労働者の活力源という言い方は、少し大げさかもしれない。
ただ、昼まで何も食べないつもりの日には、こういうものが必要になる。
菓子としての転身
ロティは、カレーの相棒として始まる。
しかし、同じ生地が甘い方向へ曲がるとき、別の顔を持つ。
ここから先は、空腹よりも欲望の領域になる。
ロティ・ティッシュ(Roti Tisu)
食事の領域を逸脱した、建築的な一皿である。
生地を極限まで薄く伸ばし、円錐状に焼き固める。
スプーンで崩すと「パリッ」と音がする。
食べているというより、壊している感覚に近い。
砂糖と練乳の甘さは単純だ。
その単純さを成立させているのは、薄さと儚さである。
ロティがここまで薄くなると、食事の道具ではなく、音と形の展示物になる。
鉄板の上で一瞬だけ成立する造形物だ。
ロティ・ボム(Roti Bom)
ティッシュが「薄さ」へ向かうなら、ボムは逆に「凝縮」へ向かう。
渦巻き状に分厚く成形し、中まで火を通すためにマーガリンと砂糖を大量に使う。
噛むと、ジュワッと油と糖分が染み出す。
口の中で溶けるというより、溶かされる。
その名の通り、カロリーの塊である。
食後に頼むというより、これを食べるために店に寄る人もいるのだろう。
甘いが、軽くはない。
むしろ、甘さが重量を持っている。
越境するバナナ:ロティ・ピサンとタイのロティ
ロティ・ピサン(Roti Pisang)は、ロティが「甘い方向」へ進むときの代表例である。
スライスしたバナナを包んで焼く。
熱せられたバナナは酸味を増し、トロリと溶ける。
香りは強く、油と混ざると輪郭がぼやける。
マレーシアでは、これはあくまで「カレー屋のサイドメニュー」の顔をしている。
ロティが主食であるという立場を、まだ捨てていない。
ここで北隣の国、タイのロティに目を向ける。
タイで旅行者が目にするロティは、ほぼ菓子専用の形をしている。
ロティ・グルアイ(Roti Gluay)。
たっぷりの油で揚げ焼きにし、練乳を格子状にかけ、一口サイズにカットして竹串で食べる。
同じルーツを持ちながら、国境を越えると役割が変わる。
マレーシアのロティが「カレーと共に生きるパン(主食)」の顔を崩さないのに対し、タイへ北上したロティは、カレーと決別し「甘い屋台菓子」として独自の進化を遂げた。
似た生地でも、置かれる環境が変わると、目的が変わる。
ロティは、その変化に抵抗しない。
ロティのそばにあるテ・タリ
ロティ・チャナイの隣には、だいたいテ・タリが置かれている。
甘いミルクティーというより、油の相棒だ。
紅茶のタンニンが、ロティの油を少しだけ締める。
口の中の輪郭が戻る。
そこへカフェイン。
糖分。
朝の身体を起こすには、ちょうどいい燃料になる。
ロティが小麦と油の塊なら、
テ・タリはそれを朝食に変えるための調整役だ。

欲望の形に合わせて
結局のところ、ロティ・チャナイとは「小麦粉と油」という最小単位の素材で、人間のあらゆる食欲に応えるための知恵の結晶である。
空腹を満たしたい。
少し甘いものが欲しい。
食感を楽しみたい。
重いものを腹に落としたい。
軽いものを口に入れたい。
その欲望は、毎日同じ形では現れない。
ロティは、それに合わせて姿を変える。
店員が鉄板に生地を叩きつける音を聞きながら、今日はどの変奏を選ぶか。
その迷いこそが、ママックという場所の楽しみ方なのだろう。







