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台湾・ミシュランの星を持たない鼎泰豊本店についての記録

鼎泰豊の香港店は、かつてミシュラン一つ星を獲得し、世界を驚かせた。
点心という軽い食べ物が、星の制度に回収された瞬間でもあった。

一方で、台北の信義本店は星付きではない。
評価はビブグルマンだ。
価格以上の満足感が得られる良質な店、というカテゴリに収まっている。

弟子が星を持ち、師匠が持っていない。
この配置は、表面だけ見ると奇妙に見える。
本店の敗北、と言いたくなる人もいるかもしれない。

ただ、そう断定するのは少し早い。
むしろ、このねじれは、鼎泰豊が台湾の企業であることを示しているようにも見える。


鼎泰豊という店の輪郭

鼎泰豊は、小籠包で知られている。
台北で生まれ、今では世界中に支店がある。
点心の店としては、異常に広い地理を持つ。

店の前には、だいたい人がいる。
観光客もいるし、地元の人もいる。
注文は多言語で処理され、蒸籠は一定のテンポで積み上がっていく。

ここでは料理そのものだけでなく、運用が商品になっている。
同じ小籠包を、同じ温度で、同じ形で出す。
その反復が、ブランドの骨格を作っている。

台湾の飲食店は、店ごとの揺れが大きい。
味も接客も、その日の人員や気分で変わる。
鼎泰豊は、その揺れを意識的に小さくした側の店だ。

だからこそ海外でも成立した。
そして、海外の鼎泰豊は、現地の高級店として再解釈されていった。


ビブグルマンの理由①:庶民の味方であること

ミシュランの星は、料理の質だけで決まるわけではない、と言われる。
価格帯や雰囲気も影響する。
少なくとも、そういう空気はある。

香港や日本の鼎泰豊は、高級レストランとしてローカライズされている。
入り口の時点で、すでに街の点心屋ではない。
席に座る前から、サービスの層が厚い。

しかし台湾の本店は、あくまで街の点心屋だ。
値段も海外と比べれば明確に安い。
台湾の物価の中に置かれたままの鼎泰豊である。

もし本店が星を狙って高級化したらどうなるか。
値上げをし、内装を豪華にし、滞在時間を長くする。
そうした変更は、星の世界では自然な手続きに見える。

ただ、それをやった瞬間に、台湾人の日常食からは離れていく。
鼎泰豊は観光名所になるが、生活の延長ではなくなる。

ビブグルマンであることは、ここに残るための言い訳にもなる。
私たちはまだ庶民の手が届く場所にいる。
その宣言のようにも読める。


ビブグルマンの理由②:回転率という美学

星付きレストランは、ゆったりと食事を楽しむ場所だ。
客の滞在時間は長く、店の動きもゆっくりしている。
静けさが価値として扱われる。

しかし鼎泰豊本店は、戦場に近い。
蒸籠が運ばれ、注文が通り、客は食べ、すぐに出る。
それが一日の中で何度も繰り返される。

この活気とスピードは、台湾の食文化の中心にある。
屋台でも食堂でも、回転は速い。
滞在時間の短さが、店の強さとして成立している。

星が評価する静かなサービスは、ここでは別のものに置き換わっている。
丁寧さよりも、正確さ。
余白よりも、流れ。

鼎泰豊は、星の基準に合わせて静かになるより、
台湾のノイズを維持したまま回り続けるほうを選んだように見える。


台湾マニュファクチャリングの魂

鼎泰豊の小籠包は、料理というより製品に近い。
一つひとつの形が揃っている。
皮の厚みも、蒸し上がりの温度も、ばらつきが小さい。

よく語られるのが、18のひだの話だ。
小籠包の上部に刻まれるひだを、一定の数に揃える。
手作業のはずなのに、工程が規格化されている。

この感覚は、台湾の工業と相性がいい。
安く、大量に、高品質。
雑に作って数を出すのではなく、精度を保ったまま量産する。

台湾には、そういう仕事が多い。
表に出ない部品や受託生産で、世界の供給を支える。
名前は前に出ないが、納期と品質で信頼を積む。

鼎泰豊の現場にも、それに似た匂いがある。
厨房は工場のように区画され、動線が切られ、役割が分かれている。
一人の天才が作る味ではなく、チームで再現される品質だ。

この場合、ビブグルマンのほうがふさわしい。
星は、希少性や体験の特別さを評価する。
一方でビブグルマンは、日常の中で高い品質を出す店に与えられる。

安く、大量に、高品質。
この三つを同時に成立させること自体が、台湾的な強さでもある。
鼎泰豊は、その延長線上にいる。


本店の閉店と「精神」の継承

ここで一つ、重要な事実がある。
創業の地である信義店は、2023年にテイクアウト専門店になった。
老朽化と人手不足が理由とされる。
客席の機能は近くの新生店などに移った。

聖地がそのまま残るわけではなかった。
本店という言葉が指す場所も、少しずつ変わっていく。

ただ、場所が移っても、ビブグルマンの精神は残っている。
価格以上の満足感、という言い方は、便利な言葉だが、
鼎泰豊には確かにそれが似合う。

世界的なラグジュアリーブランドになっても、
台湾ではサンダル履きで行ける店であり続ける。
その矜持は、星よりも難しい選択なのかもしれない。


結論:王冠なき王(Uncrowned King)

海外の店舗にとって、ミシュランの星は箔になる。
分かりやすい記号であり、価格を押し上げる理由にもなる。
制度の側に寄ることで、店はさらに遠くへ行ける。

しかし台湾の本店にとって、星は必須ではない。
今日も数時間待ちの行列ができている。
それが現場の評価として機能している。

客の行列は、星よりも雑で、星よりも直接的だ。
そして、たぶん正直だ。

鼎泰豊本店は、星を見上げるのではなく、
目の前の客の胃袋だけを見ている。
そういう店として残っている。

そして台湾の街は、今日もその列を処理し続ける。

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