―― すべて鼎泰豊のせい ――

小籠包の食べ方、という記事やコンテンツを目にすることがある。
旅行前に読む人もいるし、店の行列に並びながら見る人もいる。
レンゲに乗せる。
皮を少し破る。
先にスープをすする。
そういう手順が、だいたい同じ形で並んでいる。
あれは一般的な中華料理の作法、というより、
鼎泰豊という店が広めた食べ方に近い。
小籠包を安全に、そして意図した味で食べさせるための段取りが、
そのまま「正しい食べ方」として流通している。
料理ではなく「体験」を設計する
かつて小籠包は、上海や台湾の路地裏で食べる雑多な点心の一つだった。
明確な食べ方の決まりはなかった。
鼎泰豊の功績は、この料理を世界展開するにあたり、
誰がどこで食べても美味しく、かつ安全に楽しめるよう、
食べ方の段取りを整えた点にある。
それは客へのマナー指導というより、
食体験の品質を保証するための工夫だった。
店が想定する食べ方へ、自然に誘導していく。
事故を防ぎ、味を揃える手順
客が席に着いてから退店するまでの行動は、
鼎泰豊の中では、ある程度同じ形に収束していく。
まず、醤油1:酢3という比率が語られる。
黄金比として扱われることが多い。
目的は味の標準化だ。
醤油の塩分で豚肉の甘みを引き出し、
酢で脂の重さを切る。
この比率を明文化することで、
客による調味の失敗を減らす。
濃すぎる、酸っぱすぎる、という事故を防ぐ。
次に、レンゲが前提になる。
小籠包をレンゲに乗せて食べる。
レンゲの上で小さな器を作る。
目的は安全管理とスープの保持だ。
蒸籠から直接口へ運ぶと、火傷の確率が上がる。
レンゲの上に置くことで、熱が少し落ち着く。
ワンクッションが入る。
皮が破れてスープが流出するのも防げる。
一滴残らず味わわせる、という設計になる。
生姜も、飾りではない。
口の中の脂を拭う。
ワイパーの役割に近い。
目的は連続食行の維持だ。
生姜を乗せることで、最後まで飽きずに食べ続けられる。
視覚と衛生のコントロール
鼎泰豊は、食べ方だけでなく、店の側の見せ方も整えている。
店舗側の動きには、規格が設けられている。
代表的なのが、ショーキッチンだ。
厨房の可視化である。
目的は衛生への信頼獲得だ。
閉鎖的で不衛生になりがちだった中華料理の厨房をガラス張りにし、
白衣・マスク・帽子の着用を義務付けたスタッフを配置する。
製造プロセス自体がコンテンツになり、
安全である、という情報が視覚的に伝わる。
荷物へのカバーもある。
茶色の布が使われることが多い。
目的は匂い移りと汚れの防止だ。
店員に荷物を預けさせ、布をかけることで、
客の意識から荷物の心配を消す。
食事だけに集中させる環境を作る。
蒸籠の提供スピードも管理される。
小籠包は冷めると皮が硬化し、スープの脂が固まる。
そのため、提供から喫食までのタイムラグを最小限にする。
ホールスタッフの動線と監視体制が敷かれている。

なぜルールが必要だったか
ローカルからグローバルへ翻訳する場面があった。
1996年の日本(新宿タカシマヤ)進出が、大きな転換点になった。
熱いスープが入った饅頭は、当時の日本では馴染みが薄かった。
猫舌の多い日本人に、安全に提供する必要があった。
そこで食べ方のガイドラインが必要になった。
漫画形式の説明書が作られた。
誰でも同じ手順を踏めるようにするためのものだった。
この方法が合理的だったため、
台湾本店に逆輸入され、
世界標準の作法として定着していった。

段取りとしての小籠包
鼎泰豊で提供されているのは、
単なる豚肉の包みものではない。
適温で提供され、
最適なタレで味付けされ、
安全に口まで運ばれる。
その一連の流れ全体が商品になっている。
こうした段取りがあるからこそ、
小籠包はローカルな軽食の枠を超え、
世界中の異なる文化圏で受け入れられる料理になり得た。
そして街のどこかで、
また同じ手順が繰り返されている。







