―― 東区の地下に残る別世界 ――
忠孝復興駅で地上に出ると、東区らしい明るい光が広がる。
SOGOがそびえ、若者向けの店が並び、音楽が通りに漏れる。
その喧騒を横目にして古いビルの階段を降りると、空気が変わった。
ここが「頂好名店城」だった。
昭和のデパートの地下を思わせる通路に、店が密集して並んでいる。
湯気と油の匂いが交じり、時間が少し巻き戻ったような感覚があった。
紫琳蒸餃館は、その一角にあった。
地下へ降りると戻れない時代感
地上の華やかさとは対照的に、この地下は少し雑然としていた。
照明は低く、通路は細い。
古い看板の並ぶ店が肩を寄せ合い、
近所の人が当たり前のように食事をしている。
東区という“おしゃれの中心”の真下に、
こんな空間が残っていること自体が少し不思議だった。
時間が作った隙間のようで、
その中に蒸し餃子の店が静かに根を下ろしていた。
蒸餃という主食の形
席に座り、鮮肉蒸餃を注文する。
厨房では数人の店員が途切れなく餃子を包んでいた。
生地を広げ、餡を詰め、閉じる動作が機械のように続く。
包まれた餃子が蒸籠に移され、湯気が立ち上る。
蒸し上がった餃子は、厚めの皮がもちもちとしていて、
箸でつまむと重さが伝わる。
噛むと肉汁が少し溢れ、皮と餡の弾力が同時に広がった。
小籠包のように皮を破ってスープを飲むのではなく、
皮と肉を一緒に食べる。
台湾ではこれが餃子の一つの完成形なのだと、改めて思った。
飾らず、主食としての強さを持っていた。
焼き餃子というもう一つの選択肢
鍋貼も注文してみる。
細長い形で、底はしっかりと焼かれていた。
噛むと香ばしく、そのあとで餡の柔らかさが追いかけてくる。
蒸し餃子の湿度と、焼き餃子の香ばしさ。
この対照のバランスが心地よかった。
蒸しと焼きのどちらが主役というわけでもなく、
その日の気分で選べる余白があった。
厨房のライブ感と、店のリズム
この店では、厨房と客席の距離が近い。
餃子を包む音、蒸籠の蓋が開く音、皿が置かれる音。
すべてが混ざり合い、店全体が一つの生産ラインのようだった。
作り置きはせず、常に包み立てを蒸し、焼く。
その繰り返しだけで、客は満足して帰っていく。
派手な演出もなく、ただ餃子を作り続ける。
この単純さが長く続いてきた理由だと思った。
安心して使える店という位置づけ
この地下街は、観光地というより生活の延長に近かった。
値段も手頃で、餃子一籠とスープで十分に満たされる。
地元の人が多く、観光客が目立たない。
その落ち着いた空気に、店の誠実さが滲んでいた。
外に出れば東区の喧騒。
だが、店の中には別の時間が流れていた。
使いやすさと素朴な味。
旅でも日常でも、どちらにも溶け込む存在だった。
地下の湯気だけが記憶に残る
店を出ると、また照明の強い地上へと戻る。
外の空気は少し乾き、地下の湿気と湯気が遠ざかる。
だが、蒸餃の重さはまだ口に残っていた。
頂好紫琳蒸餃館。
台北の中心にありながら、静かに異世界を保つ店だ。
湯気と皮の弾力が、その存在を静かに語っていた。
住所: 106台北市大安區忠孝東路四段97號B1(頂好名店城 地下1階)
営業時間: 11:00 – 21:00 (無休)
アクセス: MRT忠孝復興駅または忠孝敦化駅から徒歩約5分。地下街出口11番のすぐ近く。
地図: https://maps.app.goo.gl/cd2FkaXEJbh6E5MU9
東区の地下に潜む人気店。皮が厚めの「鮮肉蒸餃」と、カリカリの「鍋貼」が二大看板。昼時は行列必至だが回転は速い。
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