―― なぜ蚵仔煎も一緒に売っているのか ――
台北を歩けば、麺線屋の横には高確率で鉄板がある。
そしてその上では、牡蠣が跳ね、卵が広がり、片栗粉の生地が揺れている。
麺線といえば立ち食い、片手ですする軽食。
蚵仔煎(オアチェン/牡蠣オムレツ)は油と火力を要する鉄板料理。
一見すると別ジャンルの料理だが、じつは両者は
経済合理性という一本のパイプでつながっている。
すべては「牡蠣の鮮度リスク」から始まる
麺線屋のメニューに蚵仔煎がある最大の理由は、
リスクの高い食材・牡蠣(蚵仔)をどう売り切るかという問題にある。
牡蠣は足が早い。
とにかく腐りやすく、在庫を抱えるほどロスが増える。
麺線屋でよくある「牡蠣麺線(蚵仔麵線)」は、
スープのとろみと合わせると非常に人気があるが、
それ一本では大量消費の回転率に限界がある。
そこで店は、仕入れた牡蠣を必ず売り切るために、
もう一つの牡蠣大量消費メニュー、
蚵仔煎をメニューに追加する。
牡蠣を「汁(麺線)」で売り、
さらに「焼き(蚵仔煎)」でも売る。
二路線で回せば、在庫回転率が跳ね上がり、
原価も下がり、ロスが劇的に減る。
これは、店を生かすサプライチェーンの防御策なのだ。
※補足:
大腸麺線など 牡蠣を使わない専門店のメニューには蚵仔煎がない。
理由は単純で、「牡蠣の仕入れがない」から。
ここに、仕入れがメニューを決めるという台湾飲食の鉄則が現れる。
「粉」を巡る工程
実は麺線と蚵仔煎は、見た目は違っても、
厨房で扱う材料がやたらと似ている。
● 麺線:
スープにとろみをつけるために、
太白粉(片栗粉)や地瓜粉(サツマイモ粉)を溶かす。
● 蚵仔煎:
牡蠣と野菜をまとめる“もちもち生地”は、
水で溶いた地瓜粉。
つまり厨房には常に、
「粉を溶く工程」が存在する。
麺線は液体としての粉、
蚵仔煎は固体としての粉。
同じ粉を、
溶くか、焼くか、固めるかの違いしかない。
仕入れ・在庫・作業工程を統合できるため、
店の運営は驚くほど効率化する。
「汁」と「焼き」が両輪になる
麺線は軽い。
量も少なく、価格も安い(小碗50元前後)。
これだけだと客単価も腹持ちも弱い。
蚵仔煎は重い。
卵・粉・牡蠣・油の固形食で、満足感がある。
両者を合わせれば、
「一食として完全なセット」が成立する。
麺線:のどを潤し、すぐ提供できる高速オペレーション。
蚵仔煎:満腹感を補い、店の利益を押し上げる。
客単価は、麺線単体の50元 → セットで120元以上に跳ね上がる。
マクドナルドにおける
「ハンバーガー+ポテト」の関係に近い。
調味料も共通している
味の構成要素も同じだ。
・甘じょっぱい醤油膏(ジャンヨウガオ)
・蒜泥(ニンニクおろし)
・烏酢(黒酢)
・辣椒醤
麺線も、蚵仔煎も、
最後はこれらの調味料をぶっかけて完成する。
調味ボトルの配置も共通化でき、
作業の無駄が極限までゼロに近づく。
牡蠣を中心とした「二重売り経済圏」
もし麺線屋に蚵仔煎があるのを見かけたら、
その店はまず間違いなく 牡蠣で勝負している店 だ。
牡蠣は難しい食材だ。
鮮度の維持も、在庫の管理も、価格の変動にも弱い。
それを扱う以上、店には強い覚悟が必要になる。
そして覚悟の証明が、
麺線 × 蚵仔煎のセット構造なのだ。
蚵仔煎は牡蠣を焼きで消化し、
麺線は牡蠣を汁で消化する。
これは味の話ではなく、
食材リスクを最小化し、利益を最大化するための経済合理性(エコノミクス)の話である。
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