―― 鼎泰豊、春水堂、そして微熱山丘 ――

日本や海外の街を歩いていると、台湾発祥のブランドが自然に目に入る。
意識して探すというより、視界に入ってくる。
85°C。
Sushi Express。
Gong cha。
Chatime。
CoCo。
駅前の商業施設の中だったり、空港の動線の途中だったりする。
ローカルのチェーンに混ざって、同じ顔で並んでいる。
看板のデザインも、味の方向性も、どこか過剰ではない。
派手に台湾を主張するわけでもない。
ただ、そこにある。
この「普通にある」という状態が、少し面白い。
国の印象は、本来もっと大きな言葉で語られるものだと思っていた。
けれど現実には、まずカップや紙袋のほうが先に届いている。
非公式の大使たち
台湾という土地のイメージは、かつては電子機器の下請け工場であったかもしれない。
工業団地と港。
輸出の数字。
そういう輪郭で語られることが多かった。
しかし現在、世界が抱く台湾のイメージは、少し別の方向にある。
洗練。親しみ。クリエイティビティ。
そうした言葉が並ぶ。
この認識の転換に寄与したのは、政府の広報ではなかった。
民間の食料品企業だった。
店の看板と、皿と、紙コップが先に国境を越えた。
小籠包とタピオカミルクティー。
この二つのプロダクトを通じて、台湾文化を世界に広めた二つの企業がある。
そして、それに続く第三の事例がある。
鼎泰豊(Din Tai Fung)
鼎泰豊の事業は、点心を売ることだけではないように見える。
上海由来の点心を、台湾的な精密工業の思想で再定義する。
そのような事業として読むことができる。
鼎泰豊が行ったことには、いくつかの要素がある。
まず数値化がある。
職人の勘に頼っていた小籠包作りを、ひだ18、重さ21gという工業規格に落とし込んだ。
次に可視化がある。
厨房をガラス張りにし、衛生管理と製造プロセスを公開した。
店の裏側を隠さない。
それ自体が、品質の説明になっている。
標準化もある。
本店も海外支店も、まったく同じ品質を提供する教育システムを構築した。
味の再現性が、場所の違いを薄めていく。
その結果、世界に広まったものがある。
中華圏の料理に対する、油っぽく、衛生的ではないという古い偏見が揺らいだ。
台湾料理が、フレンチや和食と同様に、高度に洗練されたダイニングになり得ることが示された。
そしてもう一つ、空気のような信頼が残る。
台湾の仕事は正確で清潔である、という感触だ。
皿の上の点心が、そのまま産業の印象に接続されていく。
春水堂(Chun Shui Tang)
春水堂の事業は、飲み物を売ることだけではない。
古典的な喫茶文化を、現代的な嗜好品として編集し直す。
そういう仕事に見える。
春水堂が行ったことにも、手続きがある。
技術の転用がある。
カクテルを作るシェイカーを導入し、茶を急冷して泡を作る技法を発明した。
茶は淹れるものから、調合するものへと変わった。
食材の融合もある。
ローカルなデザートであったタピオカ(粉圓)をミルクティーに投入し、食べるお茶という新しいカテゴリーを作った。
飲料と菓子の境界が曖昧になり、片手の中で完結する。
それでも春水堂は、空間の維持を続けている。
簡易なドリンクスタンド形式が流行する中で、茶館という様式を守る。
花が生けられ、掛け軸がある。
飲み物の背後に、部屋が残っている。
世界に広まったものは、飲み物そのものだけではない。
お茶は年寄りの飲み物、という固定観念が崩れた。
若者が持ち歩くポップカルチャーになった。
そしてバブルティーは、世界第四の飲料カテゴリーとして定着した。
コーヒー、紅茶、炭酸飲料に続く位置に置かれる。
台湾独自の、伝統と革新をミックスする柔軟性が、ここで可視化された。

第三の候補:微熱山丘(SunnyHills)
鼎泰豊と春水堂が確立したブランドの上で、さらに素材と精神に特化した次世代の事例がある。
微熱山丘だ。
微熱山丘の事業は、土産菓子を売ることだけではない。
農業の六次産業化と、ホスピタリティの表現へと高める。
そういう輪郭を持っている。
微熱山丘が行ったことにも、はっきりした選択がある。
原点回帰がある。
それまで冬瓜を混ぜるのが常識だった餡を、台湾原種のパイナップル100%に戻した。
繊維の粗さと酸味を、そのまま出す。
酸味という味覚を許容させる方向に舵を切った。
奉茶もある。
来店客に対し、購入の有無に関わらず、お茶とケーキ丸ごと一個を無料で提供する。
このスタイルを確立し、東京・南青山の一等地でも貫いた。
ここで広まったものは、台湾のフルーツそのものの質の高さだ。
農業がブランドになり得る、という実感でもある。
そして、利益よりも先に善意を差し出す、台湾特有の人情味(レンチンウェイ)という精神性が、店の動作として残った。
包装や広告より先に、まず一口が渡される。

なぜ国境を越えたのか
鼎泰豊、春水堂、微熱山丘。
この三つは、分野も商品も違う。
ただ、海外に出ていくときの姿勢には共通点があるように見える。
ひとつは、再現性への執着だ。
鼎泰豊は規格で品質を固定した。
春水堂は調合という技術で味を安定させた。
微熱山丘は素材を絞り込み、提供体験を定型化した。
どれも、偶然の当たり外れに依存しない。
店が増えても崩れない仕組みを先に作っている。
もうひとつは、ローカルの文化を捨てすぎないことだ。
鼎泰豊はガラス張りの厨房という見せ方を持ち込んだが、
料理そのものは点心のままに留めている。
春水堂はシェイカーという異物を導入しながら、
茶館という空間様式を維持している。
微熱山丘は都市の一等地で商売をしながら、
奉茶という田舎の礼儀を残した。
グローバル化は、しばしば無味乾燥になる。
台湾のブランドは、その一歩手前で踏みとどまっているように見える。
さらに言えば、彼らは「台湾」を説明しない。
国を語るより先に、手触りを渡す。
蒸籠の熱さ。
泡の舌触り。
酸味の残り方。
言葉よりも早く、身体が納得してしまう。
その順番が、国境を越えるときには強い。
日常に溶け込む外交
鼎泰豊は技術を、春水堂は編集力を、微熱山丘は風土をパッケージ化した。
三者は違う方向を向いているが、どれも台湾を持ち運べる形にしている。
これらは一過性のブームではなく、世界の都市の日常風景の一部として定着している。
ショッピングモールの中にあり、駅前にあり、観光地の角にもある。
そこで台湾が、特別な説明なしに消費されていく。
政治的な国境線とは無関係に、彼らの店舗がある場所は、感覚的な意味での台湾の領土になっている。
旗ではなく、メニューが領土を作る。
優れたブランドは、言葉を尽くすよりも雄弁に、その国の文化度を語る。
ただ、それは声高ではない。
今日もまた、蒸籠とシェイカーと、パイナップルの箱が、淡々と回っている。







