— 家庭から外へと移動した魚食文化 —
朝の伝統市場を歩くと、肉の存在感が先に立つ。
精肉店の前には人が集まり、空気が温まる。
一方で、鮮魚店は端に寄せられ、規模も控えめに見える。
だが統計を見れば、台湾の一人あたり魚介類消費量は高い。
年間30キロを超え、世界でも上位に入る。
市場での印象と、数字の示す現実。
この差はどこで埋められているのか。
食べられているが、調理はされていない
台湾は魚をよく食べる。
ただし、それは家庭の台所を意味しない。
魚は好まれている。
同時に、扱いづらい食材でもある。
骨の処理、生臭さ、内臓の廃棄。
高密度な都市住宅では、これらの負担は小さくない。
その結果、魚を食べる行為は外に出る。
外食、あるいは中食へと委ねられる。
魚は食べる。
家庭では調理しない。
卸売市場という主戦場
家庭での需要が限定的であれば、流通の重心は変わる。
舞台は小売の朝市ではなく、卸売市場に移る。
台北の濱江市場は、その中心にある。
深夜から早朝にかけて、プロが集まる。
レストランや熱炒店の仕入れ担当が、魚を見極める。
良い魚、大きな魚、希少な魚。
それらは朝市に並ぶ前に、ここで消えていく。
濱江市場の熱量は、その役割を反映している。
ここは台北の飲食店にとって、外部の厨房である。
小売鮮魚店の役割
それでも朝市に鮮魚店は残る。
ただし、役割は変わっている。
売っているのは魚だけではない。
下処理という技術が含まれる。
鱗を落とし、内臓を抜き、頭を落とす。
客は焼くか、蒸すだけで済む状態で持ち帰る。
家庭から失われた技術を、市場が肩代わりする。
店主は食材と同時に、手間を提供している。
プロに委ねられた島国の豊かさ
市場で魚が目立たないのは、衰退ではない。
高度な分業の結果である。
肉は家庭の日常を支える。
魚は外食という非日常を支える。
濱江市場に集まった魚は、
その日のうちに街へ散っていく。
夜になれば、皿の上で姿を変える。
それが、この島の魚の居場所である。





