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台湾高山茶の栽培についての記録

阿里山や杉林渓。
車がすれ違うのもためらわれる山道の先に、茶畑は現れる。
断崖に張り付くような斜面に、幾何学模様が刻まれている。

平地なら、機械で刈り取り、短い周期で回せる。
それでも人は、わざわざここまで登る。
理由は合理性ではない。

高山で行われているのは農業というより、
光と時間を操作する実験に近い。


直射と拡散の決定的な差

平地の茶畑は、強い直射日光を受ける。
光が強すぎると、茶葉は身を守る。
渋みや苦味の元となるカテキンを生成し、葉を硬くする。

高山では様子が変わる。
午後になると霧が出る。
この霧が、天然の拡散器になる。

光は散らされ、柔らかく葉に届く。
拡散光の下では、茶葉は防御反応を起こさない。
カテキンは増えず、代わりにテアニンが葉に留まる。

高山茶の甘みは、砂糖の甘さではない。
苦くなる必要がなかった葉が持つ、
アミノ酸そのものの味である。


遅さが生む付加価値

高山は寒い。
昼夜の寒暖差は十度を超えることもある。
夜は、はっきり冷える。

植物の代謝は落ちる。
葉は、急がない。
成長速度は平地の数分の一になる。

ゆっくり育つことで、葉は厚みを持つ。
内部にはペクチンが蓄えられ、
湯に浸したとき、とろみを生む。

通常の経済では、速さが正義だ。
回転率が高いほど価値がある。

だが高山茶では逆になる。
成長の遅延こそが品質の証明だ。
それが、平地茶の何倍もの価格を支える。


山気という感覚

台湾の茶商は「山気」という言葉を使う。
曖昧で、掴みどころがない。

だが正体ははっきりしている。
拡散光と遅い成長が生んだ、
とろみのある喉越しと、長い余韻だ。

回甘と呼ばれる、後から戻ってくる甘み。
一口飲んで終わらない感覚。

厳しい環境は、葉にとってはストレスである。
その応答が、人間の味覚にとっては快楽になる。
ここに、交差点がある。


風景を飲む

湯を注ぐと、香りが立ち上がる。
それは阿里山の霧の再生に近い。

高山茶に支払う対価は、
農家の労働力だけに向けられてはいない。

標高が生んだ天然のフィルター。
そこでゆっくり流れた時間。

我々は、それらを一杯の中で引き受けている。
高山茶とは、風景を飲む行為なのかもしれない。


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