―― 茶畑の隙間で育つコーヒー ――
標高1,000メートルを超える、雲林や嘉義の山間部。
視界を埋めるのは、段々に連なる茶畑の緑だ。
だが、よく見ると、その隙間に赤い点が混じる。
コーヒーの実である。
製茶工場の前を通ると、空気が二層に分かれていることに気づく。
清涼な茶葉の香りの奥に、甘酸っぱい発酵臭。
さらに焙煎が始まると、香ばしさが重なる。
ここは本来、茶の土地だ。
それなのに、なぜコーヒーが育っているのか。
しかも、その品質は世界のバイヤーを惹きつけるほど高い。
答えは、単なる作物転換ではない。
茶農家が長い時間をかけて蓄えてきた、土地の読み方と加工の勘が、
そのままコーヒーに引き継がれているからだ。
陽と陰が分け合う山
茶は光を求める。
南向きの斜面、霧が流れ込む稜線。
一等地は、すでに茶が占めている。
コーヒーは違う。
直射日光を嫌い、半日陰を好む。
茶畑の境界、檳榔の木の影、北向きの斜面。
これまで主役になれなかった場所に、静かに根を下ろした。
奪い合いではなかった。
空間の余白を埋める配置だった。
世代の構図も似ている。
父の代は茶を守り、固定客と安定した収入を支える。
息子の代は一度山を下り、外の世界を見てから戻る。
彼らが選んだのが、コーヒーだった。
若い飲み手を山に呼び込み、
新しい話題を持ち帰る役割を担う。
コーヒーは侵入者ではない。
経済と世代、両方の隙間を埋める相棒として迎えられた。

発酵という共通言語
茶とコーヒーは、収穫後に運命が決まる。
水分、温度、時間。
扱いを誤れば、香りは消える。
茶師は、葉をすぐには仕上げない。
摘んだ後、あえて休ませる。
空気に触れさせ、内部の反応を待つ。
この感覚は、コーヒーにもそのまま使える。
果肉を残すか、洗い落とすか。
酸素を遮断するか、あえて触れさせるか。
近年注目される特殊な発酵方法も、
台湾では珍しい技術ではなかった。
茶で培った経験が、自然に応用された。
台湾のコーヒーに感じられる、花のような香りや、
どこかお茶を思わせる軽やかさ。
それは偶然ではない。
茶の文法で、豆が扱われている結果だ。
火を扱う体の記憶
仕上げの工程でも、共通点は多い。
火との向き合い方である。
台湾茶には、火入れの文化がある。
焦がさず、芯まで熱を通す。
香りを閉じ込め、余韻を整える。
この感覚は、焙煎にも直結する。
急がず、煽らず、香りを逃さない。
求める味の方向も一致している。
強い苦味や刺激的な酸ではない。
飲み込んだ後に、静かに戻ってくる甘み。
台湾のコーヒーが穏やかで、
長い余韻を持つ理由は、ここにある。
評価の基準が、最初からお茶の側にあるのだ。

山が生んだ共生
同じ山で育ち、
同じ手で加工され、
同じ感覚で味を確かめられる。
茶とコーヒーは、別々の作物でありながら、
山の中で一つの体系を作り上げた。
カップに注がれているのは、
単なるコーヒーではない。
茶という長い歴史の上に立ち、
その感覚を受け継いで進化した飲み物だ。
台湾高地の一杯には、
葉と実、父と子、伝統と試行錯誤が重なっている。
それは、ここでしか生まれなかった共生の味である。
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