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台湾のパイナップルケーキの産業史についての記録

台湾土産の定番、鳳梨酥(パイナップルケーキ)。
初めて食べたとき、「思ったよりパイナップル感がない」と感じた人は少なくないはずだ。

実はそれは、味覚が鈍いわけでも、店選びを間違えたわけでもない。
長いあいだ、台湾の伝統的なパイナップルケーキの餡の主成分は、冬瓜だった。

パイナップルは、あくまで香りづけ。
時代や製法によっては、ほんのわずかしか入っていなかったこともある。

名前と中身が一致しない。
だがこれは、単純な偽装ではない。
台湾がかつて「缶詰王国」だった時代から続く、産業と味覚の折衷の結果だ。


「缶詰王国」が生んだ、合理的な甘さ

日本統治時代から戦後にかけて、台湾は世界有数のパイナップル缶詰輸出国だった。
大量生産の現場では、必ず「余り」が出る。

缶詰に向かない芯の周辺、皮に近い部分。
これらを無駄にしないため、ジャム状に加工する流れが生まれた。

だが問題があった。
当時主流だった在来種のパイナップル(土鳳梨)は、酸味が強く、繊維も粗い。
そのままでは、お菓子の餡としては扱いづらかった。

そこで選ばれたのが冬瓜だった。
水分が多く、繊維がなく、安定して手に入る。
煮詰めると滑らかで、砂糖との相性もいい。

冬瓜を混ぜることで、
・酸味は丸くなり
・食感は均一になり
・子どもから高齢者まで食べやすくなる

「冬瓜入り」は、コストカットではなく、当時の最適解だった。

https://omnivorescookbook.com/wp-content/uploads/2024/05/240328_Taiwan-Pineapple-Cakes_550_1.jpg?utm_source=chatgpt.com

微熱山丘という「異物」の登場

2000年代後半、空気が変わる。
南投県の農家発ブランド、微熱山丘(サニーヒルズ)が登場した。

彼らは宣言する。
冬瓜は使わない。
在来種の土鳳梨を100%使う、と。

その餡は酸っぱい。
繊維が口に残る。
従来の「お茶請け」としての完成度は、正直高くない。

地元の年配層には不評だった。
「これはお菓子じゃない」と言われたこともある。

だが、その不完全さこそが、若い世代や観光客には新鮮だった。
健康志向、素材志向、そして「本物らしさ」。

ここで、明確な二極化が生まれる。

・冬瓜入り:甘く、なめらか、伝統的
・土鳳梨100%:酸っぱく、繊維質、現代的

どちらも否定されず、並び立つようになる。


四角い理由、金塊という比喩

パイナップルケーキは、なぜ四角いのか。
あの形は、偶然ではない。

台湾語でパイナップルは「旺來」。
福が来る、繁盛する、という意味を持つ。

そこに四角い形。
まるで金の延べ棒だ。

日持ちがして、
割れにくく、
持ち運びやすく、
縁起もいい。

選挙、商談、帰省。
あのサイズと形は、贈答用の「通貨」として完成されていた。

缶詰産業が衰退したあと、
パイナップル農家を救ったのは、この加工と意味づけの転換だった。


優しい嘘と、酸っぱい真実

いま、台湾の店先には二つのパイナップルケーキが並んでいる。

・冬瓜入りの、優しい甘さ
・土鳳梨100%の、鋭い酸味

どちらが正しいわけでもない。
その日の気分で選べばいい。

安心したい日には、優しい嘘を。
目を覚ましたい日には、酸っぱい真実を。

それを選べること自体が、
台湾のパイナップルケーキ文化の成熟なのだと思う。


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