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KL Sentral・Original Penang Kayuについての記録

空港特急(KLIAエクスプレス)でKLセントラル駅に着く。
車内は冷えていて、会話も少ない。
窓の外だけが速く動く。

改札を抜け、モール「NU Sentral」に入った瞬間、空気が変わる。
冷えた金属の匂いが薄れ、別のものが前に出てくる。

漂ってくるのは、重く、甘く、少し焦げたスパイスの匂いだ。
油の膜のような気配もある。
体が先に反応してしまう。

ホテルにチェックインするよりも先に、
その匂いの源へ引き寄せられる。

ここで一度、濃いカレーと甘い紅茶を体に入れないと、
マレーシアに帰ってきた気がしない。
駅の中に、そんな場所が残っている。


「Kayu(棒)」と呼ばれた男の店

店の名はOriginal Penang Kayu Nasi Kandar。
NU Sentralの地下階にあり、通路沿いに開いている。

マレーシア各地で見かける名前だが、
由来は少し個人的だ。

Kayuはマレー語で木、あるいは棒を意味する。
創業者のSirajudin氏が、子供の頃に痩せていて
棒のようだと呼ばれたことから付いた、という話がある。

1974年に小さな屋台から始まった店が、
いまは駅ビルの中で、同じ料理を回している。
この距離感がマレーシアらしい。

派手な物語を掲げるより、
通り道に置かれている。
それでも匂いだけは強い。


洪水を注文する

トレーを持ってショーケースの前に立つ。
ここから先は、言葉が少なくなる。

巨大なフライドチキン。
黒い煮込み肉。
赤いイカ。
揚げ物と煮込みが、同じ温度で並んでいる。

指差しで成立する。
欲しいものを示すだけでいい。
店員は迷わない。

最後に、少しだけ言葉を置く。
クア・チャンプル(Kuah Campur)。
あるいはバンジル(Banjir)。

クアは、カレーや煮汁のソースのことを指す。
チャンプルは「混ぜる」という意味だ。
つまりクア・チャンプルは、
一種類ではなく、いくつかのソースを混ぜてかける、という合図になる。

バンジルは洪水の意味だ。
こちらはもっと直接的で、
ご飯を沈めるくらい、たっぷりかけてほしいというニュアンスになる。

店員は数種類のカレーをまとめてすくい、
皿の上へ落とす。
茶色い海ができる。

皿の上の境界線が消える。
肉の煮汁と、豆のカレーと、辛いソースが重なり、
どれがどれだったか分からなくなる。

見た目は地味で、少し損をした気分にもなる。
だが、ナシカンダーの茶色は
味が混ざった結果の色だ。

辛さ。
甘さ。
酸味。
揚げ油の匂い。
肉の煮汁の濃度。

それらが一つの色に収束している。
混ざっているのに、雑ではない。
混ざることが前提になっている。


そびえ立つロティ・ティッシュ

ふと隣のテーブルを見ると、
子供の背丈ほどある円錐形の塔が立っている。

ロティ・ティッシュ。
極限まで薄く伸ばした生地を、塔のように焼き上げ、
砂糖と練乳を塗ったものだ。

この「高層スタイル」を広めたのがKayuだ、
という話も聞く。
真偽はともかく、店の空気に合っている。

カレーの茶色い重さの横に、
ロティの白い軽さが立つ。
甘さと辛さが同じテーブルに置かれる。

疲れた脳には、こういう極端さが効く。
味の説明ではなく、体の再起動に近い。


テ・タリは消火装置

食事の選択は簡単だ。
問題は、席に着いた後に来る。

無言で現れるドリンク係。
「何飲む?」という圧。
メニューはないことも多い。

ここで迷ってコーラと言うと、
少しだけ後悔する。
冷たいが、火が残る。

正解は一つ。
テ・タリ(Teh Tarik)。

甘く、濃いミルクティーだ。
高い位置から注がれ、泡立てられる。
泡が少しだけ口当たりを軽くする。

なぜこれほど甘いのか。
理由は単純だ。

スパイスの油と唐辛子の辛さは、水では消えない。
乳脂肪と練乳の糖分だけが、舌の火を消してくれる。

テ・タリは飲み物ではなく、
食卓に備え付けられた消火装置に見える。
しかも美味しい。


甘さが怖いときの呪文

どうしても甘さが気になるなら、言えばいい。
テ・タリ、クラン・マニス(Teh Tarik, Kurang Manis)。
砂糖少なめ。

この一言で、罪悪感が少し減る。
甘さが弱まっても、役割は残る。

もっとさっぱりしたければ、
テ・オー・アイス・リマウ(Teh O Ais Limau)。
ミルクなしのアイスティーにライムを入れたものだ。

ここでは、メニューにないものを口頭で頼む。
それが作法として残っている。
駅ビルの中でも、その部分だけは屋台のままだ。


駅ビルという安全地帯

本来、ママック(インド系食堂)は
蒸し暑い半屋外にあることが多い。

金属のテーブル。
ぬるい風。
テレビの音。
バイクの排気。

それはそれで、街の正しい温度だ。
ただ、到着直後の体には少し強い。

ここは違う。
エアコンが効き、床は清潔だ。
スーツケースを持ったままでも入れる。
服が汗で張り付いていても、座れる。

旅の初心者には優しい。
リピーターには「帰ってきた」と思わせる。
通過儀礼の場所として機能している。

駅は移動の途中で、身体だけが先に着いている。
この店は、その中途半端さを終わらせる。


胃袋の切り替えが終わる

皿に残ったカレーをロティで拭う。
最後に甘いテ・タリを飲み干す。

これで胃袋のセットアップは完了する。
冷えた車内から、街の熱と油へ。
体が追いつく。

そんな熱気の中に、この店はある。

Original Penang Kayu Nasi Kandar (NU Sentral店)

— Unit LG. 30 & 31, NU Sentral Mall, 201, Jalan Tun Sambanthan, Brickfields, 50470 Kuala Lumpur
— 11:00 – 14:00 / 17:00 – 21:00 (月曜定休)
— KLセントラル駅直結。NU Sentralモール LG階(地下)、屋外。

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