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台湾の排骨湯についての記録

食堂の壁に、ただ「排骨湯」と書かれている。
それだけでは、どちらが来るのか分からない。

白い澄んだスープか。
それとも、赤茶色に濁った一杯か。

台湾の排骨湯には、最初から二つの顔がある。
そしてこの二つは、味の濃淡の違いではない。
出自も、役割も、食べられてきた場面も異なる料理が、
同じ名前の下に並んでいるだけだ。


分岐点は「煮る」と「蒸す」

白い排骨湯の系譜は、福建系移民の生活にさかのぼる。

豚肉は貴重だった。
赤身は別の料理に使い、残るのは骨と周囲の筋肉。
それを無駄にしないため、大鍋に放り込み、大根と一緒に煮る。

煮る
この方法は、火を選ばず、大量に作れ、失敗しにくい。
排骨湯は、特別な料理ではなく、日常の「水」に近い存在だった。

一方、赤い排骨湯の起源は、より新しい。
1920年代以降、台湾中部、とくに台中・豊原周辺で広がったとされる。

こちらの出発点は、排骨酥だ。
醤油と香辛料で下味をつけ、衣をまとわせて揚げる。
本来は宴席や酒の席で供される、乾いたつまみだった。

屋台でこれを扱うには問題があった。
揚げたてでなければ価値が落ちる。
冷めれば硬くなり、回転が悪い。

そこで考え出されたのが、
小さな器に入れ、スープと一緒に蒸すという方法だった。

蒸すことで、
衣は崩れ、肉は柔らかくなり、時間が経っても食べられる。
こうして、排骨酥はスープへと姿を変えた。


赤い排骨湯の論理

赤い排骨湯、つまり排骨酥湯は、
夜市や屋台の文脈で理解すると分かりやすい。

揚げた肉。
衣。
白胡椒。
溶けかけた冬瓜やタロイモ。

本来、相容れない要素が、一つの器で混ざり合う。

特徴は、衣の崩壊だ。
サクサクであるはずの衣は、スープを吸い、
フルフルとした別の物体になる。

透明さはない。
むしろ濁りを楽しむ料理だ。

油と香辛料が溶け込み、
一口ごとに、味の層が押し寄せる。
これは明確に「夜の味」であり、
疲労や空腹を、力ずくで上書きする一杯だ。


白い排骨湯の構造

対照的に、白い排骨湯は静かだ。

生のあばら肉と、大根。
調味は塩のみ。
火にかけ、灰汁をすくい、待つ。

スープは透明に近い。
香りも強くない。

ここでは、排骨は主役ではない。
スープのための媒体だ。

魯肉飯や炒飯と一緒に置かれ、
口の中の脂を洗い流す。
食事の流れを整えるための存在である。


骨を扱う所作

赤でも白でも、
排骨湯は骨と向き合う料理だ。

赤の場合、
骨についた衣と肉を、歯でこそげ落とす。

白の場合、
煮込まれて味の抜けた肉を、
小皿の辛い醤油に浸して食べる。

ここで初めて、
排骨は「肉料理」として完成する。

骨は残り、
器の中には、役目を終えた構造物だけが残る。


二つの役割

刺激と油分が欲しい夜には、赤。
食事の合間を整えたい昼には、白。

同じ「排骨」の名を持ちながら、
この二つは、互いを代替しない。

台湾の排骨湯とは、
一つの料理ではなく、
用途の異なる別物なのだ。


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