―― 夜市に隠れた、本気の小籠包 ――
板橋。
台北という言い方をすれば同じ都市に括られてしまうが、
川を一つ越えるだけで、空気ははっきりと変わる。
観光の気配が薄れ、
代わりに生活の重さがじわっと滲んでくる。
その板橋の、裕民夜市の中に、
「56巷口湯包」はある。
屋台の顔をした専門店
看板は控えめで、
見た目は完全に夜市の屋台だ。
蒸籠が積まれ、
横をバイクがかすめていく。
通り過ぎようと思えば、そのまま通り過ぎられる。
観光客にとっては、そもそも「店」と認識されないかもしれない。
それでも蒸籠の前には人が立ち止まり、
地元の人が黙って列を作っている。
中から出てくるのは、
屋台らしからぬ顔つきの小籠包だ。
皮は薄く、
持ち上げると、中でスープが揺れる。
「屋台だから、まあそれなり」
という予想は、ここでは通用しない。
この場所は、
屋台という顔をした専門店だ。
爆漿、という言葉の意味
一つ割っただけで、
スープがレンゲに溜まる。
現地では「爆漿(バオジャン)」と呼ばれているらしい。
危険なのは、
レンゲを使わずに口に入れたくなることだ。
それぐらい、
見た目に反して誘いが強い。
ここでは、
ちょっとした注意力も味の一部になる。
臭豆腐と同じテーブルに並ぶ
この店が面白いのは、
小籠包だけの店ではないところだ。
横では、
蒸し臭豆腐が黙々と準備されている。
繊細な小籠包と、
刺激の強い臭豆腐。
普通なら同じテーブルには並ばなさそうな二つが、
夜市の中では、自然に並ぶ。
台湾らしい食卓だと思う。
味の強さではなく、
共存の仕方が台湾的だ。
観光地ではない場所に行くということ
正直に言えば、
ここはアクセスが簡単な場所ではない。
台北中心部から来るなら、
ちょっとだけ決意がいる。
でも、その面倒さがあるからこそ、
この店はこのままの空気であり続けている。
日本人の姿はほとんど見ない。
英語のメニューもない。
ただ、
注文の声と湯気だけが通りに響いている。
その中で食べる小籠包は、
ガイドブックの中ではなく、
この街の側にきちんといる。
夜市の中の静かな名店
裕民夜市は騒がしい。
屋台の声も、バイクの音も多い。
でも、この蒸籠の前だけは、
不思議と視線が一点に集まる。
観光地ではない。
料理評論の対象でもない。
ただ地元の腹を満たしてきた場所。
56巷口湯包は、
観光地の外側にある小籠包の、ひとつの完成形だと思う。
住所: 220新北市板橋區裕民街56巷1號
営業時間: 16:30 – 23:00 (水曜定休)
アクセス: MRT新埔民生駅(環状線)または新埔駅(板南線)から徒歩10〜15分。裕民夜市の中。
地図: https://maps.app.goo.gl/sPT9FpyFj2SP3jc96
裕民夜市にある人気屋台。スープの量が多いため火傷に注意。「エビ焼売(整尾蝦仁燒賣)」や「蒸し臭豆腐」も人気。
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