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台湾・宜蘭の三星葱についての記録

宜蘭の市場を歩いていると、葱がやけに目に入る。
肉や魚よりも先に、緑の束が視界を占領する。

通常、葱は薬味だ。
料理の輪郭を整える脇役で、主役ではない。

だが宜蘭では、その常識が少し崩れる。
葱が主役のパンがあり、葱を食べるためのパイがあり、葱が山盛りのラーメンがある。

台湾のスーパーでも、三星葱は高い。
同じような束に見えても、値札だけが別の世界にいる。

たかが葱に、なぜブランド価値が付くのか。
その答えは、味だけではなく、土地の条件に埋まっているように見える。


雨の県で、葱が育つ

宜蘭は雨が多い。
竹風蘭雨という言葉があり、天気の話をするときに必ず出てくる。

年間200日以上雨が降ることもある、と言われる。
体感としても、空気がずっと湿っている。

普通なら、これは葱に不利だ。
湿気が続くと根が傷みやすく、畑は病気が増える。

それでも三星葱は、この土地で育つ。
むしろ、ここで育ったものが評価される。

雨が多いのに、葱が腐らない。
この矛盾が、入口になる。


石が多い土は、水を抱えない

三星郷の畑の土を想像すると、黒くて重い粘土のようなものを思い浮かべる。
だが、実際は少し違う。

蘭陽渓が運んできた砂利と砂が混じり、土の粒が粗い。
水はけがいい。

大量に雨が降っても、畑が水に浸かったままになりにくい。
水はすぐに抜ける。

つまり、雨は多いが、停滞しない。
根は水に溺れず、いつも洗われている。

大量の雨が降るが、即座に流れる。
この環境が、三星葱の「工場」になっている。

土地そのものが、天然の濾過装置として働いているようにも見える。


15センチの白さを作る

三星葱の見た目は、分かりやすい。
白い部分が長い。

一般的な葱の葱白は10センチ程度だが、三星葱は15〜20センチを超えることがある。
束の下半分が、ほとんど白い。

これは自然にそうなったわけではない。
人が作った白さだ。

農家は成長に合わせて、根元に土を被せ続ける。
培土、盛り土と呼ばれる作業だ。

太陽光を遮断し、光合成を抑える。
その結果、柔らかい白い部分が伸びる。

ホワイトアスパラガスと同じ原理だが、こちらは畑全体で繰り返す。
手間がかかる。
その手間が、価格になる。

三星葱の白さは、見た目の演出ではなく、柔らかさと甘みの証明になっている。


辛くない、という衝撃

葱の価値は、香りの強さだと思っていた。
あるいは、辛味だと思っていた。

三星葱は少し違う。
生でかじると、辛味が弱い。

鼻に抜ける刺激が少なく、甘さが先に来る。
繊維が細かく、口の中に残りにくい。

切った断面から、透明な粘りが出ることがある。
粘液というと少し生々しいが、あれが品質の目印になる。

水分が多い。
そして、香りが尖っていない。

葱が薬味ではなく、食材として成立してしまう。
宜蘭で葱が主役になる理由は、まずここにある。


三星葱が活きる料理のかたち

三星葱の価値は、香りの強さだけではない。
辛味の弱さと、水分の多さが、料理の中で別の働きをする。

宜蘭では、葱を「添える」のではなく、葱で成立させる料理がいくつかある。
どれも、素材の特徴をそのまま使う。

葱油餅・葱抓餅(蒸気と油のあいだ)

三星葱を葱油餅にすると、違いが出やすい。
火にかけた瞬間の香りが強い、というより、蒸気が多い。

葱の水分が生地の中で熱され、内側から膨らむ。
ふっくらした層ができる。

同じ粉、同じ油でも、葱が違うと仕上がりが変わる。
レシピの問題ではなく、素材の挙動の問題になる。

葱抓餅も同じジャンルにいる。
薄い層がほどけていく中で、葱の甘みが残る。

辛味が強い葱だと、油と喧嘩することがある。
三星葱は角が立ちにくいので、油の匂いを邪魔しにくい。

宜蘭の葱油餅が美味しいと言われるとき、
それは調理技術だけの話ではない。

雨と石の土地が作った水分が、最後に食感として現れている。

葱爆牛肉(沙茶醬と混ざる甘さ)

強火で炒めると、葱は香りのスイッチになる。
葱爆牛肉は、その典型だ。

三星葱は火を入れても、辛味が前に出にくい。
焦げる直前に、甘い匂いが先に立つ。

ここに沙茶醬が入ると、相性がはっきりする。
干し海老や魚介の香り、にんにく、油脂の重さ。

その濃い調味料に対して、三星葱は対抗しない。
喧嘩せず、少しだけ明るくする。

肉の脂と沙茶醬の濃度の中に、
葱が「食べられる香味野菜」として残る。

蚵仔煎(海の匂いを邪魔しない葱)

蚵仔煎は、具材が繊細だ。
牡蠣の香りは強いが、味は薄い。

ここに刺激の強い葱を入れると、
牡蠣より先に葱が立ってしまうことがある。

三星葱は辛味が弱いので、海鮮の輪郭を崩しにくい。
水分が多い分、火が入ったときに生地の中で蒸気が出る。

表面は焼けているのに、中がやわらかい。
その食感の差が、少しだけ増える。

蚵仔煎の葱は、飾りではない。
香りと水分の調整役として入っている。


農産物がブランドになる瞬間

三星葱も、最初から特別だったわけではない。
昔は、ただの葱だった。

転機は2000年代に入ってから、と言われる。
WTO加盟による輸入野菜との競争があり、消費者の舌も変わった。

安さだけでは生き残れない。
そういう空気の中で、三星地区農会がブランディングに踏み込んだ。

農産物に、物語を付けた。
土地の名前を前に出し、品質管理を整え、外に説明できる形にした。

葱の博物館のような施設まで作る。
青葱文化館という名前が付いている。

そこまでやるのか、と少し思う。
だが、その過剰さが、ブランドの輪郭を作ったのかもしれない。

台北の有名店が「使用三星葱」と書き始めた頃、
この葱は食材ではなく、記号になった。


逆境を資産に変える

雨が多い。
土には石が多い。

農業にとっては、面倒な条件にも見える。
だが三星では、それが価値になった。

大量の雨が降るが、即座に流れる。
この矛盾が、瑞々しさを生んだ。

白い部分を伸ばすために、土を盛り続ける。
この手間が、柔らかさを作った。

葱は薬味のままでもよかった。
それでも宜蘭は、葱を主役に押し上げた。

葱油餅を食べ終えて、紙袋の油染みを眺める。
その油の匂いの奥に、雨の多い土地の記憶が残っている気がする。

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