片隅の独り言– category –
台湾を歩いているといくつかの疑問が頭に残る。
なぜこんなにドリンク屋が多いのか。
なぜ台中から流行が生まれることが多いのか。
なぜ夜市はどこに行ってもあの形になるのか。
ここでは、そうした「どうでもいいけど、なんとなく気になること」を、
街を歩きながら考えていく。
はっきりした結論が出ない話も多い。
歩きながら、考えていたことを書いているだけの場所。
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片隅の独り言
台湾で最も多くの鶏肉飯を売っているのはひげ張かもしれない
―― 鶏肉飯に「王」は不在か? ―― 台北の街を歩いていると、気づかないうちに黄色い看板の下に立っていることがある。 鬍鬚張魯肉飯(ひげ張)。誰もが魯肉飯の店だと知っている場所だ。 店に入り、メニューを見る。一行目は当然、魯肉飯。そのすぐ下に、白... -
片隅の独り言
高雄の夜の風景についての記録
―― 夕暮れ、百貨店の足元から塩埕区へ ―― 高雄の夕方は、終わりではなく切り替えに近い。太陽が沈み切る前から、街は次のモードに入り始める。 昼の熱はまだ残っているが、影が伸び、風向きが変わる。百貨店の出口では、冷房の名残と外気の湿度がぶつかり... -
片隅の独り言
老街? そこら辺にあるがな、と言ってみる
―― 観光地化されたノスタルジーと、路地裏のリアル ―― 大阪人に「美味しいお好み焼き屋」を聞いてはいけない。だいたい返ってくる答えは決まっている。 そんなもん、そこら辺の店でええがな。 彼らにとってお好み焼きは、わざわざ電車に乗って食べに行くイ... -
片隅の独り言
台湾で日本蕎麦が食べられない理由を考えてみる
―― 弾力なき者の孤独 ―― 台湾で日本食がこれほど浸透しているのに、どうしても見当たらないものがある。それが「日本蕎麦」だ。 ラーメンは勝った。カレーも勝った。居酒屋も、牛丼も、回転寿司も、すっかり市民権を得た。 それなのに、蕎麦だけがいない。... -
片隅の独り言
台湾のお粥と油條(揚げパン)の関係について考えてみる
―― 炭水化物 × 炭水化物の誘惑 ―― 台湾のお粥屋に入ると、まず視界に入るのは鍋でも丼でもない。レジ横に山積みされた、茶色く細長い棒だ。 油條(ヨウティアオ)。日本人はこれを見て、つい「揚げパン」と呼んでしまう。 そして次の瞬間、軽い混乱が起き... -
片隅の独り言
台湾の夜市がおいしく感じる理由を考えてみる
―― 味覚を錯覚させる仕組み ―― 湯気が立ちこめ、匂いが入り乱れ、プラスチックの椅子が並ぶ。夜市の風景は、決して洗練されてはいない。 高級レストランのような食材があるわけでもなく、技巧を凝らした盛り付けがあるわけでもない。 それでも、夜市で食べ... -
片隅の独り言
台湾の夜市で儲かるのは何屋か考えてみる
―― 屋台ビジネスの冷徹な方程式 ―― 夜市の屋台を眺めていると、「なぜこの店が、ここにあるのか」がだんだん見えてくる。 屋台の収益力は、実はとても単純な式に還元できる。 Profitability =(単価 − 変動費)× 回転速度 つまり、高い粗利率 × 速い回転。... -
片隅の独り言
正忠排骨飯で、何を頼むべきかを本気で考えてみる
―― 交差点の赤い看板の前であれこれ悩む ―― 正忠排骨飯に入ったら、まず排骨飯。それはもう、議論の余地がない。 店名になっているし、看板にも大きく書いてある。初見の人に「何を頼めばいい?」と聞かれたら、とりあえず排骨飯と答えるのが正しい。 だか... -
片隅の独り言
魯肉飯に合うのは、滷蛋ではなく煎蛋だ、と主張してみる|台湾
── 味変という視点から考える、少数派の話 ―― 魯肉飯にゆで卵(滷蛋)。これは台湾では、ほとんど説明のいらない組み合わせだ。 甘辛い滷汁を吸った卵。白身は締まり、黄身は粉質になり、魯肉と同じ方向の味を、もう一段重ねてくる。 完成度は高い。失敗も... -
片隅の独り言
台湾の弁当文化について考えてみる
―― なぜ「ビニール袋」ではなく「箱」なのか ―― 「台所」は家の外にある 日本では、いまでもどこかで「ちゃんとした食事=自炊」「外で買ってくるもの=間に合わせ」という感覚が残っている。 だが、アジアの都市を歩いていると、その前提は簡単に崩れる。...