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KL・Jalan TAR Nasi Kandar Saddamについての記録

―― SOGO前の新しいナシカンダー ――

クアラルンプールの街角に行列ができている。
特にJalan TARのSOGO前あたりでは、人が止まり、列が伸びる。
車の音と排気の匂いの中で、カレーの香りだけが妙に強い。

看板を見て、誰もが一度は二度見する。
Nasi Kandar Saddam(ナシカンダール・サダム)。

その名は、あの中東の元大統領を想起させる。
偶然の一致ではない。
創業者が「ビジネスにはキャッチーな名前が必要だ」と直感し、あえて強い名前を付けた確信犯的なネーミングだと言われる。

だが、この店が行列を作っているのは、名前の面白さだけではない。
味が、名前以上に強烈だからだ。


入りやすい店の形

Saddamの店は、外から中が見える。
入口の境界が薄い。
ガラスで囲われたレストランというより、半分は通りの延長のような作りだ。

席の様子が見える。
カウンターの動きも見える。
鍋の湯気も、揚げ物の山も、遠目に分かる。

ナシカンダールの店には、初見だと入りにくい場所もある。
何をどう頼めばいいか分からず、立ち止まってしまう。
Saddamは、その迷いを減らす方向に振っている。

オープンな作りは、料理の宣伝でもある。
ここで何が起きているかを、説明なしで見せている。


セガムブットの屋台から

ペナン発祥の老舗が多い中で、Saddamの拠点はクアラルンプールの下町、Segambut(セガムブット)だ。
華やかなレストランではなく、労働者たちが集まるエリアの小さな屋台(Stall)から始まった。

「ペナンに行かなくても、本物のナシカンダールはここにある」
その口コミは、SNSではなく、タクシー運転手や現場作業員たちのリアルなネットワークで広がっていった。

泥臭い叩き上げの歴史が、このブランドの強さの根底にある。
都会の中心で整って見える店でも、起点は路上に近い。


皿ができるまでの流れ

列に並ぶ。
順番が来たら、前に進む。
店員の視線がこちらに来たら、それが合図になる。

最初に決めるのは、ご飯だ。
白いご飯が皿に盛られる。
量は細かく聞かれないことが多い。
店の標準が、そのまま出てくる。

次に惣菜を選ぶ。
ショーケースの向こうに、揚げ物、煮込み、魚、野菜が並ぶ。
ここからは言葉より指が速い。

鶏。
これ、と指す。
店員が皿に乗せる。

魚。
もう一つ、と指す。
無言で乗る。

ここで迷うと、後ろの気配が少し近くなる。
だが急かされる感じは薄い。
店員は待つが、表情は変えない。

最後にカレーをかける。
ここで覚えておきたい言葉がある。

Kuah Campur(クア・チャンプル)。
これを言うと、複数のカレーが少しずつ、ご飯の上に重ねられる。
魚、鶏、牛。
どの鍋がどの肉かを気にしないまま、味だけが積層していく。

もっと浸したければ、Banjir(バンジール)。
ご飯は完全に溺れる。
単一の味ではなく、スパイスの層を食べることになる。

Saddamはこの流れが早い。
列は長いのに、前に進む速度が落ちにくい。
注文の手順が、店側の動きとして固定されている。


発明された「Ayam Saddam」

ここの客がこぞって注文するメニューがある。
店の名を冠したAyam Saddam(アヤム・サダム)だ。

通常のナシカンダール屋にあるAyam Goreng(揚げ鶏)と、Ayam Madu(蜂蜜鶏)のハイブリッドのような存在。
ただのフライドチキンではなく、少し甘みのある特別な揚げ鶏として扱われている。

外側はカリッと香ばしい。
噛むと、キャラメリゼされたような甘みとスパイスが広がる。
衣は重すぎず、表面だけが強い。

ここに、辛いカレーソース(Kuah Campur)の海が重なる。
甘い鶏肉を、辛いカレーが追いかける。
舌の上で、別の方向の刺激が交互に来る。

この甘辛いコントラストが、Saddamの必殺技になっている。
濃い味の中に、甘さがある。
甘さの中に、また辛さが戻る。

食べているうちに、皿の輪郭がぼやける。
だが満足感だけは増えていく。


スピードと均質化

Saddamは今、KL周辺に急速に店舗を増やしている。
Chow Kit、Shah Alam、Sungai Buloh。
似た名前の看板が、別の街角にも立っている。

チェーン店化すると味が落ちると言われがちだが、Saddamはオペレーションの速さを武器にしている。
昼時の長蛇の列も、熟練したスタッフ(Joki)の高速な盛り付けで、驚くほど早く進む。

店内は明るい。
清潔に見える。
メニューも分かりやすい。

老舗の入りにくさを排除し、誰もが気軽にガッツリいける環境を整えた。
これはナシカンダールのファストフード化とも言える。
現代的な進化の方向だ。


名前負けしない実力

多くの客は、最初は面白い名前の店としてここに来る。
だが、店を出る頃には名前のことなど忘れている。

口に残るのは、濃厚なスパイスと、甘い鶏肉の余韻だけだ。
サダムという名は伊達ではない。

Nasi Kandar Saddam (Jalan TAR店)

— 279-281, Jalan Tuanku Abdul Rahman, Chow Kit, 50100 Kuala Lumpur
— 毎日 7:00~23:00(金曜は礼拝時間による中断あり)
— SOGO近く。食事時は行列ができる。

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