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台湾・鼎泰豊を愛したセレブについての記録

世界には、予約が取れない三つ星レストランがいくつもある。
名前を聞くだけで緊張する店も多い。

一方で、
ハリウッドスターや各国の首脳、IT企業のトップが、
一般客に混じって並ぶチェーン店は、ほとんど思い浮かばない。

鼎泰豊は、その例外に近い。

トム・クルーズ。
ボリス・ジョンソン。
ジェンスン・フアン。

彼らは、フォークとナイフを置き、
レンゲを持って、小籠包のスープをすする。

なぜ、ここなのか。
味だけでは説明しきれない理由が、背後にある。


18のひだに挑んだ男

2013年、台北101店。
映画のプロモーションで来台していたトム・クルーズが、
厨房に入った。

エプロンをつけ、
小籠包作りに挑戦する。

彼は、数々のスタントをこなしてきた。
高層ビルを駆け上がり、
飛行機にしがみつく役も演じてきた。

それでも、小籠包の18のひだには苦戦した。

ひだが一つ多い。
あるいは少ない。
それだけで、やり直しになる。

「アクションより難しいよ」
そう笑ったという。

この場面は、
小籠包を、単なる料理から引き上げた。

高度に管理された技術。
再現可能な職人技。

その印象が、世界に共有された。


ロンドンで起きた別の現象

鼎泰豊の評価は、アジアにとどまらない。

ロンドン店がオープンしたとき、
当時の市長、ボリス・ジョンソンが歓迎コメントを出した。

店の前には、
4時間、5時間待ちの行列ができた。

西欧において、
小籠包は必ずしも日常食ではない。

それでも、
ここでは特別な意味を帯びた。

蒸籠を囲む形式。
料理を分け合う距離感。

堅苦しい会食よりも、
現代的な「場」として機能したのかもしれない。

政治と食事の距離が、
少しだけ縮まる。

そんな使われ方をしていた。


革ジャンの男と排骨炒飯

ジェンスン・フアンは、台湾生まれだ。

NVIDIAのCEOとして、
世界の半導体市場を動かしている。

彼が帰国するたび、
黒い革ジャン姿で鼎泰豊に現れることがある。

頼むのは、排骨炒飯。
派手な料理ではない。

米国本社の近くの店舗にも、
創業期から通っているという。

「ここの炒飯は世界一だ」
そう語り、大量にテイクアウトして社員に振る舞う。

最先端のAIを支える胃袋が、
台湾の粉食で満たされている。

その事実は、
少しだけ現実感がずれる。


アジアのスターたちの避難所

ジャッキー・チェン。
ジェイ・チョウ。

彼らにとって、鼎泰豊は特別な場所だ。

海外ロケが続く。
現地の中華料理に疲れる。

そういうとき、
世界中で同じ味が出てくる店がある。

あの看板を見るだけで、
何を食べるかを考えなくて済む。

鼎泰豊は、
味の保証された場所として機能している。

セーフハウス。
あるいは、実家に近い。


なぜ彼らはここを選ぶのか

一個数百円の小籠包。
価格だけ見れば、特別ではない。

それでも、
彼らはここを選ぶ。

理由はいくつかある。

一つは、
高級でありながら、気取らないこと。

ホテルのような清潔さ。
丁寧なサービス。

それでも、
ネクタイを外して入れる空気がある。

もう一つは、
世界標準の味だ。

ニューヨーク。
東京。
台北。

どこでも、
同じ21グラムの小籠包が出てくる。

失敗が許されない立場にいる人ほど、
この再現性を重視する。


迎え入れるための設計

セレブの来店は、偶然ではない。

鼎泰豊は、
彼らが来やすい環境を整えている。

多くの店舗は、
高級モールや百貨店の中にある。

地下駐車場から、
専用エレベーターで裏口へ入れる。

路上を歩かなくて済む。

設計段階から、
視線を避けられる個室や、
バックヤード動線が組み込まれている。

一般客と交わらない導線が、
自然に用意されている。


見せることで守る厨房

もう一つ重要なのは、厨房だ。

鼎泰豊の厨房は、
ガラス張りであることが多い。

清潔さを、隠さない。

髪の毛一本落ちていない。
そう思わせる構造になっている。

セレブにとって、
体調不良は致命的だ。

数億円単位の損害につながる。

だからこそ、
「ここなら大丈夫だ」と
視覚的に納得できる必要がある。

ガラス張りは、
そのための装置でもある。


蒸気の中で揃う条件

店内を見渡す。

隣のテーブルには、
地元の家族連れがいる。

奥の個室には、
世界的に知られた人物がいる。

立場は違う。
生活も違う。

それでも、
蒸籠の蓋を開ければ、
中にあるのは同じ小籠包だ。

21グラム。
18のひだ。

熱々のスープは、
誰にとっても扱いにくい。

皮を破らないよう、
皆が慎重になる。

鼎泰豊の湯気は、
人を一時的に平等にする。

その事実だけが、
店の中に静かに残っている。

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