―― 市役所跡地に建てられた寺院 ――
哈瑪星の路地を歩いていると、
ある地点で、視界が急に開ける。
低い建物が続く街並みの中に、
突然、巨大な中華風の宮殿が現れる。
代天宮だ。
廟の前には広場があり、
年配の男性が将棋を指し、
屋台からは湯気が立ち上り、
子どもが走り回っている。
よくある台湾の寺院の風景に見える。
ただ、地図を見ると少し引っかかる。
碁盤の目のように整えられた哈瑪星の街区の中で、
この場所だけが、あまりにも正確に「中心」に置かれている。
偶然にしては、できすぎている。
ここは、かつて「お役所」だった
1917年。
この場所に最初に建てられたのは寺ではない。
日本統治時代の行政施設、
当時の打狗支庁、のちの高雄市役所だった。
都市計画が立案され、
警察権力が行使され、
書類と命令が行き交った場所。
埋立地として造成された哈瑪星の、
いわば「脳」にあたる地点だ。
戦後、行政機能は次第に東へ移動していく。
塩埕、前金、さらにその先へ。
権力が去り、
街の中心だけが、ぽっかりと空いた。
「法」から「神」への主権交代
戦後の哈瑪星に住み着いたのは、
台南の北門周辺から仕事を求めてやってきた人々だった。
港湾労働、倉庫、鉄道。
過酷で、衛生状態も良いとは言えない環境。
彼らが持ち込んだのが、
五府千歳の信仰だった。
疫病を払い、
開拓の地を守るとされる王爺信仰。
1950年代、
彼らは旧市役所跡地という一等地に、
自分たちの神を祀る廟を建てる。
法律で人を管理していた場所が、
信仰で人を守る場所に変わる。
この土地の主権が、
「お上」から「住民」へと移った瞬間だった。

五府千歳という神の性格
五府千歳は、
万能の守護神ではない。
疫病、海、移動、仮設。
不安定な環境と深く結びついた神だ。
定住が前提の都市よりも、
港や埋立地、移民の街によく似合う。
哈瑪星という場所に、
この神が選ばれた理由は、
かなり実務的だったのかもしれない。
生き延びるための神。
それが、この廟の性格を決めている。
国宝級の美術館としての代天宮
境内に足を踏み入れると、
視線は自然と上に向く。
梁や柱、扉に描かれた彩色。
どれも密度が異様に高い。
これらを描いたのが、
台湾伝統絵画の巨匠、潘麗水だ。
特に門神の目。
どこから見ても、こちらを見返してくる。
四方眼と呼ばれる技法。
美術館であれば、ガラス越しに見るレベルの仕事が、
ここでは線香の煙に包まれている。
芸術は保存されるものではなく、
使われるものとして残っている。
神様の庭で食べる夕飯
夕方になると、
広場に屋台が集まり始める。
観光夜市のような派手さはない。
近所の人が、
仕事帰りに立ち寄るための場所だ。
炭火で焼かれる黒輪の匂い。
その奥に、線香の香り。
聖と俗が、
特別な説明もなく混ざっている。
かつて行政の中心だった場所で、
今はサンダル履きの人がビールを飲んでいる。
この街の平和は、
こういう光景で測られる。

揺るがない中心
高雄の行政の中心は、
何度も移動してきた。
だが、哈瑪星の中心は動かない。
代天宮の屋根を見上げると、
かつて掲げられていたであろう旗は、もうない。
代わりに、
極彩色の龍と神々が、
この埋立地の時間を静かに引き受けている。





