── 哈瑪星からYouBikeで南へ下る ──

MRT哈瑪星駅で地上に出る。
改札を抜けると、視界は意外なほど開けている。
いまでは当たり前のこの風景が、20年前には存在しなかった。
当時の高雄港は、軍事と物流の聖域だった。
市街地と港のあいだには高い塀があり、監視があり、
市民が気軽に近づける場所ではなかった。
「港都・高雄」という言葉とは裏腹に、
人々の生活は海に背を向けて営まれていた。
そこにあったのは、水辺のロマンではなく、
石炭の粉塵と重油の匂いが漂う作業場だった。
転機は、産業構造の変化だった。
コンテナ船の巨大化により、水深の浅い旧港区は役目を終え、
物流機能はより外洋に近い第2港口へと移っていった。
市の中心部に残されたのは、
広大な遊休地と、錆びついた倉庫群。
多くの都市であれば、
「更地にして再開発」という選択が取られただろう。
だが高雄は、壊さずに引き受ける道を選んだ。
錆を、産業遺産として残す。
この判断が、港の運命を決めた。
この巨大な再開発エリアを北から南へ貫いてみる。
移動手段は、YouBikeだ。
動線としてのYouBikeと、鉄路の記憶
駅前でYouBikeを借りる。
サドルにまたがり、ゆっくりと漕ぎ出す。
走り出してすぐ気づくのは、
道が不自然なほどまっすぐで、広いことだ。
ここはかつて、貨物列車が走っていた「臨港線」の跡地である。
その線路の記憶をなぞるように、
いまはLRT(ライトレール)が走っている。
かつて貨物を運んだルートが、
いまは人を運ぶ大動脈に書き換えられた。
港と街を隔てていた「壁」は取り払われ、
境界線は遊歩道となり、緑道となった。
YouBikeで走っていると、
どこからが街で、どこからが港なのかが、もはや曖昧だ。
この曖昧さこそが、再開発の成果なのかもしれない。
錆とアートが並ぶ場所(駁二芸術特区)
最初にたどり着くのは、
古いレンガ倉庫が連なる一帯だ。
ここは、駁二芸術特区。
倉庫は壊されず、ギャラリーやショップとして再利用されている。
レンガの壁には、
かつての産業の時間がそのまま刻まれている。
ペンキで覆い隠されることもなく、
「使われてきた痕跡」が可視化されたままだ。
少し進むと、
水路を跨ぐ大きな橋が現れる。
大港橋だ。
時間になると、この橋は旋回する。
船を通すために、道が動く。
観光的な仕掛けに見えるが、
それは同時に、ここが今も「生きた港」である証拠でもある。
YouBikeを止めて、
橋が動くのを眺める人たちがいる。
かつては立ち入り禁止だった場所に、
いまは立ち止まる時間が許されている。
音と光の近未来(高雄流行音楽中心)
再びYouBikeに乗り、南へ。
数分も走らないうちに、風景が切り替わる。
錆びた倉庫のすぐ隣に、
前衛的な建築群が立ち上がっている。
高雄流行音楽中心だ。
波や珊瑚を思わせる白い外装。
水辺に沿って伸びる遊歩道。
夜になれば、建物と橋がLEDで連動して光る。
過去(駁二)と未来(音楽センター)が、
距離ゼロで並んでいる。
時間の層が、ここでは分離されていない。
YouBikeで通り過ぎると、
その混在がよくわかる。
視界の左には古い倉庫、右には新しいホール。
どちらも、この港の「現在」だ。
水面に現れる「通過点」(光榮碼頭)
高雄流行音楽中心を背に、
YouBikeをゆっくり南へ走らせる。
建物の密度が一度下がり、
視界が水面に開く。
ここが光榮碼頭だ。
特別な施設があるわけではない。
ただ、水と空があり、
その上を橋が横切っている。
しばらくすると、
橋の向こうからLRTが現れる。
車体は低く、音も控えめで、
水面を切り裂くというより、
風景に溶け込むように通過していく。
かつてこの水路を越えていたのは、
原料と貨物だった。
いま、それを越えるのは人だ。
光榮碼頭は、
再開発の主役ではない。
だが、変化の方向をもっとも静かに示す場所のひとつに見える。
水辺を走っていると、
視界の奥に一本だけ、異質な垂直線が立ち上がる。
高雄85大樓だ。
この再開発エリアの建築群とは、
明らかに別の時代の論理で建てられている。
それでも、港の風景から完全に消えることはなく、
高雄が一度夢見た「高さ」の記憶として、
遠くでこちらを見下ろしている。
知識と交流のハブ(図書館・展覧館)
さらに南へ進むと、
街はもう一段、性格を変える。
大きなガラスの建築が現れる。
高雄市立図書館総館だ。
「木陰で本を読む」というコンセプト通り、
建物の周囲には緑が多い。
かつて貨物が集積していた場所に、
いまは知識が集まる。
その向かい側には、
高雄展覧館。
波のような屋根を持つコンベンションセンターである。
この一帯は、行政上は「特貿三」と呼ばれている。
物流に代わる新しい都市機能──
金融とMICE(ビジネスイベント)、文化のエンジンとして設計されている。
YouBikeで走り抜けながら、
高雄が「生産する都市」から
「集まる都市」へ舵を切ったことが、体感的に理解できる。
消費という終着点(夢時代)
南端に近づくにつれ、
人の流れが増えてくる。
視界の先に、巨大な建物が現れる。
夢時代だ。
アジア最大級のショッピングモール。
屋上には観覧車があり、港を一望できる。
古い倉庫街から始まった移動は、
ここでいったん落ち着く。
再開発エリアの南のアンカーとして、
夢時代は市民生活を受け止めている。
YouBikeを止め、
観覧車を見上げる人たちがいる。
かつて貨物の終着点だった場所が、
いまは消費と余暇の終着点になった。
港は、誰のものだったのか
夕暮れ時。
防波堤には、スナックを片手に座る人々がいる。
かつて立ち入り禁止だった場所は、
いまや誰にとっても開かれたリビングルームだ。
「亜州新湾区」という壮大なプロジェクト名が示すものは、
経済効果やビル建設だけではない。
それは、
海を見る権利を、市民の手に取り戻す
という、静かな再編だったのかもしれない。
YouBikeを返却し、振り返る。
港はもう、背を向ける場所ではない。
ただ、そこにある風景として、街に組み込まれている。



