MENU

台湾・老虎醤温州大餛飩についての記録

台北の街を歩いていると、一定の間隔で同じ色が視界に入る。
白地に、赤い文字。

老虎醤温州大餛飩
この看板は、派手ではない。
しかし、探そうとしなくても、必ず見つかる位置に立っている。

コンビニほど無機質ではなく、個人店ほど不確実でもない。
一人で食事を済ませたいとき、この看板は「失敗しない」という約束に近い。

ただし注意点もある。
台北には、似た配色、似た名前の店が無数にある。
どこからどこまでが同一チェーンなのか、もはや誰も正確には説明できない。


1990年という転換点

この店の起源は、1990年ごろだと言われている。
当時、餛飩はあくまで「小吃」だった。
麺の横に添えられる軽いスープ。主役ではなかった。

ここで起きたのは、サイズの転換だ。
餛飩を巨大化させ、量で主食に引き上げる。
さらに専用の辛味ソースを用意し、白米を必要としない一杯を完成させた。

結果として、
「餛飩=軽食」という前提は崩れ、
「餛飩=一食分」という新しいポジションが定着した。

今では台北市内に数え切れない店舗があり、
昼も夜も、同じ形式の一杯が供給され続けている。


「大」という物理

器が置かれた瞬間に分かる。
これは、小さな餛飩とは別の食べ物だ。

一つひとつが、子どもの拳ほどある。
皮は厚く、内部の肉餡は詰まっている。

箸で持ち上げると、明確な重さがある。
スープの中で崩れることはなく、形を保ったまま運ばれてくる。

これは「飲む」餛飩ではない。
噛むことを前提に設計された、肉料理に近い存在だ。


虎のソース

店名にもなっている老虎醤は、
必ず調味料台の中央に置かれている。

唐辛子、にんにく、豆鼓を合わせた濃い辛味。
一さじ加えるだけで、スープの性格が変わる。

もともと淡白な温州式の餛飩に、
このソースが強い輪郭を与える。

味の完成は、客に委ねられている。
同じ器でも、老虎醤の量で結果は大きく異なる。

この調整の余地が、
チェーンでありながら飽きられない理由の一つだ。


スープの様式

この店のスープには、一定の型がある。

表面に浮く海苔。
細く切られた錦糸卵。
刻まれたザーサイ。

これは温州の伝統というより、
このチェーンが作り上げた台湾的な組み合わせだ。

磯の香り、卵の柔らかさ、ザーサイの塩気。
巨大な肉餛飩の単調さを、周辺が補正する。

どの店でも、この構成は崩れない。


変わらないという価値

老虎醤温州大餛飩には、驚きは少ない。
しかし、外れることもない。

どの店舗に入っても、
同じ看板の下で、
同じ大きさの餛飩と、同じ虎のソースが出てくる。

忙しい都市生活の中で、
この「変わらなさ」は、確かな機能を持っている。

空腹を満たす以上の役割はない。
だが、それ以上を求めない人間にとっては、
十分すぎる安定なのだ。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次