── 城中市場のジャージャー麺 ――

台北駅の南側、駅前の大通りから少し外れた場所に、城中市場という古い商業区画がある。
近代的な駅舎やビルから数分。
信号を渡り、歩道の幅が急に細くなるあたりで、街の空気が少し変わる。
人の流れはまだ多いが、足取りが観光地のそれとは違う。
スーツケースを引く音より、革靴とサンダルが混じった足音の方が目立つ。
細い路地が重なり、建物の間隔が詰まっていて、
看板は低く、配管や電線が視界の上を横切る。
光は上からではなく、横から差し込む。
観光地というより、生活の背面のような場所に近い。
「通るための場所」ではなく、「使われ続けてきた場所」という印象が残る。
その城中市場の一角に、老牌牛肉拉麵大王がある。
路地の奥にある店
場所はわかりやすいわけではない。
大きな看板も、遠くから目印になる派手さもない。
ただ、城中市場の路地を少し歩いていると、
人の流れが一瞬だけ滞留する場所が見えてくる。
立ち止まる人、外で待つ人、
中を覗いてそのまま入っていく人。
説明はないが、身体の動きがそこで揃う。
中に入ると、ほぼ満席のことが多い。
椅子と椅子の間隔は狭く、
通路も最小限しか取られていない。
時間帯に関係なく客が途切れず、
席が空くとすぐに次が入る。
回転は速い。
水を飲み終える前に、次の客が後ろに立つこともある。
長居する場所ではない。
ここでは、
「食べ終わったら出る」
というより、
「食べたら自然に身体が出口へ向かう」
流れができている。
店員は観光客慣れしていて、
注文のやり取りで詰まることはほとんどない。
日本語メニューもあるが、
「ジャージャー麺」と言えばすぐに伝わる。
説明や確認は最小限で、
調理と配膳のリズムが優先される。
城中市場という場所
城中市場は、戦後の商業発展とともに形成され、
台北駅を利用する人々の生活と結びつきながら広がってきたとされる。
卸と小売、屋台と食堂、
雑貨店、仕立て屋、工具屋。
用途の違う店が、路地の中で無理なく並んでいる。
動線は整理されていないが、
使われ続けた結果としての配置がある。
再開発の波の中で姿を変えつつも、
路地の構造や、
店の入口の向き、
厨房が歩道に近い位置にある配置には、
過去の時間がそのまま残っている。
老牌牛肉拉麵大王は、
その時間の中に埋め込まれた一軒に見える。
新しさや清潔さを前に出すのではなく、
使われ続けてきたことの蓄積が、
そのまま店の輪郭になっている。
ジャージャー麺という選択
注文したのは炸醬麵(ジャージャー麺)。
この店では、多くの客が同じものを頼んでいる。
席に着いてから、
周囲を見回すと、
ほとんどの卓に同じ色の皿が並んでいる。
太めの麺に、
濃い味付けの肉味噌がかかる。
運ばれてきた瞬間に、
脂とにんにくの香りが前に出る。
湯気よりも、匂いの方が先に届く。
口に入れた瞬間、
甘さ、塩気、油分が一気に広がる。
軽い食事ではない。
噛む前から、
これは量と濃度で押してくる料理だと分かる。
ここで、卓上に目をやる。
無造作に置かれたステンレスのボウルがある。
中には刻まれた生ニンニクが山盛りになっている。
常連客はそれをスプーンですくい、
ためらいもなく麺の上に落としていく。
この店の「濃さ」は、
最初から完成されたものではなく、
各自が最後に上書きする工程を含んでいるのかもしれない。
追いにんにくを入れた途端、
味は一段階荒くなる。
脂と塩味の輪郭が、
にんにくの刺激で前に引きずり出される。
よく混ぜながら食べると、
味の濃さと油分の重さがはっきりと伝わってくる。
舌に残る感覚も長く、
一口ごとにリセットされるというより、
上書きされていく。
静かな味ではないが、
雑な強さでもない。
濃さの方向がはっきりしていて、
それを一切遠慮せず、そのまま出してくる感じがある。
途中で味を調整する余地は少ない。
この一杯は、
最初から最後まで同じテンションで走り切る。
一緒に出てくるスープは、
しょうゆベースで、意外に穏やかだ。
単体で飲むと存在感は弱いが、
ジャージャー麺のあとに口に含むと、
輪郭を少しだけ整えてくれる。
逃げ場というほどではないが、
呼吸を一度整える余白にはなる。
路地に戻る
店を出ると、
路地にはまだ店の余韻がある。
注文を呼ぶ短い中国語、
中華鍋の金属音、
油とにんにくの匂い。
数十メートル歩くだけで、
その気配は少しずつ薄れていく。
別の店の匂いが混じり、
人の流れも分散していく。
ただ、
口の中には、
さっきの濃さがもうしばらく残っている。
覚悟とリズム
この店は、
行けば快適に食事ができる店ではない。
狭さも、混雑も、匂いも、
そのままにある。
ただ、そのリズムを受け入れられれば、
店の空気には入りやすくなる。
城中市場の中には、
他にも古い食堂や小さな屋台が並んでいる。
どの店も、
同じ空気の中で息をしている。
老牌牛肉拉麵大王は、
その流れの中にある一つの選択肢にすぎない。
ただ、
量も、濃さも、
一段階強めの選択肢ではある。



