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台湾の虱目魚(サバヒー)についての記録

―― 222本の小骨と戦う「国民魚」 ――

台南の朝は早い。

夜明け前から、養殖池のそばの食堂に火が入る。
大きな鍋に透明なスープが張られ、
銀色の魚が次々と沈められていく。

客はまだ眠い顔で椅子を引き、
湯気の立つ丼を両手で受け取る。
言葉は少なく、音も少ない。
ただスープをすする音だけが、朝の空気に混ざる。


台南の街を埋め尽くす、銀色の文字

台湾中南部、特に台南の街を歩くと、
「虱目魚」という文字が視界に入り続ける。

朝食屋の看板、市場の値札、食堂のメニュー。
それは特別な日のご馳走として書かれているのではない。
空気のように当たり前に、そこにある。

外から来た人間には、この魚の正体が掴みにくい。

淡泊な透明のスープになっているかと思えば、
白く分厚いハラミを焼いた脂の強い料理になり、
時にはすり身を丸めた魚丸(ユーワン)になる。
どんな味付けにも染まるが、
決して姿を消さない銀色の魚。

なぜこの魚は、台湾の南の食の根底に居座っているのか。


「これは何の魚だ」という問い

虱目魚(サバヒー)は、海を越えて複数の名前を持つ。

台湾での名前には、伝説がある。

17世紀、オランダ勢力を台湾から追い出した鄭成功が、
台南に上陸した際にこの魚を見て、
「這是什麼魚?(これは何の魚だ?)」と尋ねた。
その「什麼魚(シャーモユイ)」という発音が転じ、
「虱目魚(サバヒー)」という字が当てられたとされる。
伝説の域を出ないが、台南ではよく語られる由来だ。

英語ではミルクフィッシュ(Milkfish)と呼ばれる。
加熱すると身が乳白色に染まり、
腹の脂がミルクのように甘く濃厚なことに由来する。

視点をさらに南へ向けると、フィリピンに辿り着く。

ここでは「バンガス(Bangus)」と呼ばれ、
国魚(ナショナル・フィッシュ)に指定されている。
マリネして揚げるダイン・ナ・バンガス(Daing na Bangus)や、
酸味のあるスープのシニガン(Sinigang)の主役として、
フィリピンの食卓の中心に座り続けている。

台湾では「サバヒー」、英語では「ミルクフィッシュ」、
フィリピンでは「バンガス」。
同じ魚が、東南アジアの海を繋ぐ食文化の共通言語になっている。


藻を食べ、浅瀬で育つ

なぜこれほどまでに、台湾や東南アジアで養殖されてきたのか。

サバヒーは草食性の魚だ。
藻類を食べて育つため、
肉食魚のように高価な動物性の餌を大量に与える必要がない。

さらに、台南周辺やフィリピンの、
暖かく浅い汽水域(海水と淡水が混ざる場所)は、
彼らの生育に適していた。

浅い海を囲い込むだけで育つ。
その効率の良さから、サバヒーは400年以上にわたり、
最も合理的にカロリーと脂質を生み出す「水上の家畜」として
重宝されてきた。


濁水渓を越えられなかった理由

サバヒーを「台湾の国民魚」と呼ぶことには、
少し語弊がある。

台北の日常風景に、サバヒーはあまり登場しない。
この魚の消費圏は、台湾の南北を分かつ川、
濁水渓(だくすいけい)より南に極端に集中している。
特に台南と高雄において、圧倒的な存在感を持つ。

なぜ北上できなかったのか。

理由は鮮度だ。

サバヒーは水揚げされた瞬間から急速に鮮度が落ち、
強烈な生臭さを放ち始める。
冷蔵技術が未発達だった時代、
台南の養殖池で獲れた魚を、
鮮度を保ったまま台北まで運ぶことは物理的に難しかった。

だからこそサバヒーは、
養殖池のすぐそばで、夜明けと共に水揚げし、
その日の朝のうちにスープや粥にして食べ切る、
という南部の局地的な朝食文化として土着化した。

現在は冷蔵技術の発達により、台北でも食べられるようになった。
しかし台北のサバヒー店の看板には、
必ず「台南虱目魚」という冠がつく。

台北においてサバヒーは、日常の延長ではない。
南部の強烈な日差しと風土を、
そのままパッケージにして運んできた味として扱われる。


222本の骨という、致命的な欠陥

効率よく育ち、どんな料理にも化けるサバヒーだが、
食用魚として一つ、致命的な欠陥を抱えている。

身の中に張り巡らされた「222本の小骨」、
肌間刺(はだまぐわし)と呼ばれるものだ。

ただ骨が多いだけではない。
筋肉の奥深くに埋まり込み、
先端がY字型に分岐している。

箸でつまもうとすると、身が崩れる。
引き抜こうとすると、途中で折れる。
食べながら取り除こうとすると、
どこまで続くかわからない骨の存在に気づいて手が止まる。

他の魚の小骨であれば、ある程度は食べながら対処できる。
しかしサバヒーの肌間刺は、
筋繊維の中に組み込まれているため、
そもそも箸で触れる場所にない。

通常であれば、食用を諦めるか、
丸ごと揚げて骨ごと食べるしかない構造だ。
それほどの欠陥を、この魚は生まれながらに持っている。


圧力鍋か、外科手術か

222本の骨という絶望に対し、
南の海の人々は執念で向き合ってきた。
しかし、そのアプローチは国によって明確に分かれた。

フィリピンとインドネシアが選んだのは「軟化の道」だ。

骨を抜くのではなく、骨ごと食べられるようにする。
インドネシアのバンデン・プレスト(Bandeng Presto)のように、
高圧釜に入れ、骨がホロホロになるまで長時間圧力をかける。
あるいはフィリピンのように、
身に深く切れ目を入れ、高温の油で揚げ切ることで、
骨の存在そのものを無効化する。

台湾が選んだのは、まったく異なる道だった。

極めて精緻な「外科手術」だ。

市場にはサバヒーの解体を専門とする職人がいる。
専用のナイフとピンセットを使い、
流れるような手さばきで、筋肉の奥に埋まった骨を一本ずつ抜いていく。
Y字型に分岐した先端を持つ骨を、
222本、取り残すことなく。

台湾の食堂の看板にある「無刺(ムーツー)」という二文字は、
単なる親切心から書かれているのではない。
職人たちが積み重ねてきた技術によって、
はじめて成立する言葉だ。


骨を抜かれた魚が、部位ごとに分化する

外科手術を終えたサバヒーは、
部位ごとにまったく異なる料理へと分かれていく。

最も重用されるのが魚肚(ユーズー)、つまりハラミだ。
分厚い脂の層を持ち、こんがりと焼いてレモンを絞るか、
煮付けにして食べる。
サバヒーという魚の、最も濃い部分がここに集まっている。

魚皮(ユーピー)は、身をわずかに残したまま剥がされた皮だ。
ゼラチン質と脂の層をサッと湯引きし、
生姜と醤油で食べる。
口の中でとろける食感は、ハラミとはまた異なる。

魚丸(ユーワン)は、すり身を丸めたフィッシュボールだ。
スープに浮かべて食べることが多い。

そして魚腸(ユーチャン)、内臓だ。
極めて鮮度が落ちやすく、
水揚げされる台南周辺でしか口にできない。
油で黒くなるまでカリカリに揚げ焼きにしたものは、
強烈な苦味と旨味を持つ。
台南の朝食屋で、常連だけが迷わず注文するような一品だ。


緑色のワサビが、皿に添えられる理由

魚肚(ハラミ)や魚皮(皮)を茹でただけのシンプルな料理を頼むと、
小皿が添えられてくる。

どろりとした甘いとろみ醤油、醬油膏(ジャンユーガオ)と、
目に染みるほど鮮やかな緑色をしたワサビ(芥末、ジエモウ)だ。

日本人はこれを見て、刺身の文化に引き付けて考えがちだ。
しかし役割はまったく異なる。

日本のワサビが、生魚の繊細な甘みを引き立てるためのものだとすれば、
台湾のサバヒーにおけるワサビは、
魚の野性をねじ伏せるための武器に近い。

サバヒーは浅い池の底の藻を食べて育つため、
どうしても身に泥臭さが宿る。
さらにハラミの脂は、バターのように重たい。

ワサビの揮発性が、鼻に抜ける辛味で泥の匂いを吹き飛ばす。
醬油膏の重たい甘みが、強烈な脂の塊を包み込み、
味覚をいったんリセットする。

この組み合わせは、暑さ、泥臭さ、重たい脂、
という三つの問題を同時に処理するために、
台湾人が他国の調味料を独自に解釈し、
研ぎ澄ませてきた結果だ。
単なる模倣ではなく、気候と食材に対する実戦的な答えとして、
この皿の上に置かれている。


台南の朝、透明なスープの中に

台南の朝食屋。
湯気を立てる透明なスープの中に、
骨を完全に抜かれた純白のサバヒーが浮いている。

レンゲでその身をすくうとき、
皿の上にあるのは魚だけではない。

400年にわたる浅瀬の養殖の歴史と、
222本の凶悪な骨を一本ずつ抜き続けてきた職人の仕事と、
泥臭さをねじ伏せるために研ぎ澄まされた調味料の知恵が、
そこに重なっている。

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