―― 似通った夜市が生まれる理由 ――
夜市を歩くと、既視感がつきまとう。
士林夜市で見かけた火炎サイコロステーキが、高雄の六合夜市でも同じ音を立てている。
黒糖タピオカも、巨大フライドチキンも、看板の色と書体までほとんど変わらない。
自由に見える屋台が、なぜここまで同じ形に収束していくのか。
見えないフランチャイズ網
多くの屋台は個人経営に見えて、実際はフランチャイズ加盟店だ。
特に鶏排、ドリンク、ステーキといった業態は、本部が調理済みの肉やタレ、機材一式を供給している。
店主は仕込みをしない。
焼き加減と盛り付けをマニュアル通りにこなす「オペレーター」に近い。
この仕組みは、誰でも短期間で開業できる利点がある。
ただ、屋台ごとの差異は薄れ、夜市全体が均質化していく。
卸売市場という巨大なセントラルキッチン
フランチャイズでなくても、同じ集配センターに頼れば味は似てくる。
台湾の冷凍卸は規模が大きく、葱油餅やイカ焼きの生地は工場で成形され、
屋台はその「ラストワンマイル」として加熱して提供するだけ、という構造が一般的だ。
夜市は屋外のグルメ街であると同時に、都市のキオスクでもある。
人が求めるのは、奇をてらった一皿より、安定している既製品のほうが多い。
その結果、売り場はさらに似ていく。
模倣が支える高速循環経済
流行の模倣が速い国でもある。
黒糖タピオカが流行した時期には、数週間で同じ看板が街中に現れた。
レモンジュースの波も、サイコロステーキの波も、短期間で複製されていった。
オリジナルで失敗するリスクを負うより、目の前の勝ちパターンをコピーするほうが安全だ。
この徹底したリスク回避が、夜市の景色をさらに揃えていく。
八割のノイズと二割の光
夜市の大半は、流行と仕組みで構成されたコピーに近い店だ。
経済合理性を考えれば自然な結論でもある。
その一方で、残りの二割に小さな個性が埋まっている。
土地の記憶を抱えた老舗や、配合に異様なこだわりを見せる屋台。
似た風景の中で、静かに輪郭を持ち始める店がある。
屋台の並ぶ通りに湯気が漂い、同じ看板がまた一つ点灯する。
その奥にある二割を探しながら、夜の通りを歩いていく。
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