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台湾のお茶・東方美人についての記録

東方美人。
台湾茶の中でも、最上位に置かれる名前だ。

だが、茶葉を前にすると戸惑う。
緑、白、赤、黄、褐色。五色が混ざり合い、形は小さく縮れている。
整然とした烏龍茶のイメージからは遠い。

枯れかけた雑草のようにも見える。
それでも、この茶は高く評価されてきた。

なぜ、この見た目で最高級なのか。
答えは、欠陥とされたものを価値に変えた過程にある。


ホラ話から美人へ

東方美人には、もう一つの名前がある。
膨風茶。台湾語で「ホラ吹き茶」という意味だ。

由来は素朴だ。
虫にやられ、売り物にならないはずの茶葉を、
ある農家がもったいないからと加工して売った。

予想に反して、よく売れた。
村に戻って話すと、誰も信じなかった。
誇張だ、嘘だと笑われた。

その茶が、やがて海を渡る。
西洋で、その香りは驚きをもって迎えられた。
グラスの中で舞う茶葉を見て、
「Oriental Beauty」と名付けられたという話が残る。

地元では欠陥。
外からは芸術。

評価が反転した瞬間だった。


虫が書いた香りの正体

この茶の香りは、人が作ったものではない。
起点は、体長数ミリの小さな虫にある。

小緑葉蝉。
夏、柔らかい新芽に集まり、樹液を吸う。

吸われた茶葉は成長を止める。
だが同時に、防御反応を始める。

傷を塞ぐため。
天敵を呼ぶため。

葉は、特定の香り成分を放出する。
それが、人には蜂蜜や熟した果実のように感じられる。

茶葉が出したSOS信号。
それを、人間は「蜜香」と呼んだ。

ここで重要なのは、
この香りが意図されたものではないという点だ。

虫に噛まれた結果、
生き延びるために生まれた副産物だった。


発酵という固定作業

香りは、不安定だ。
そのままでは消えてしまう。

そこで、製茶が入る。
東方美人は、発酵を深く進める。

六割から七割。
烏龍茶の中では高い数値だ。

この工程で、蜜香は定着する。
偶然生まれた香りが、
再現可能な品質へと変わる。

自然と人の手が、ここで交差する。


管理された放置

この茶は、作ろうとして作れない。
最大の条件は、無農薬であることだ。

農薬を使えば、虫は来ない。
虫が来なければ、香りは生まれない。

だが、放置すればいいわけでもない。
吸われすぎれば木は弱る。
足りなければ、普通の茶になる。

収穫量は、半分以下。
毎年、出来は読めない。

農家は、量を捨てた。
代わりに、自然の気まぐれを引き受けた。

東方美人の価格には、
この不確実性が含まれている。


傷跡を飲むということ

東方美人は、整った茶ではない。
虫に噛まれ、成長を止め、
偶然の香りを抱えた葉だ。

それを、欠陥と切り捨てず、
意味として受け取った。

カップから立ち上がる甘い香りには、
農家の試行錯誤と、
葉が受けた小さな傷が重なっている。

かつて笑われたホラ話は、
時間をかけて、価値になった。

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