―― 草原の携帯食「サムサ」から辿る、小麦のシルクロード ――
台湾の夜市で胡椒餅を焼く窯を見る。
円筒形で、内側が赤く熱せられている。
この形は、中華料理の文脈だけでは説明できない。
原型は中央アジアにある。
ウズベキスタンや
新疆ウイグル自治区で使われてきた
タンドール窯だ。
その内壁に、生地を貼り付けて焼く。
そこで作られていたのが、サムサだった。
羊肉と玉ねぎを小麦の皮で包み、
高温で一気に焼き締める。
なぜ貼り付けて焼くのか
理由は単純だ。
水分を飛ばすため。
そして、保存性を高めるため。
蒸したパンは、すぐに傷む。
だが、焼き締めた殻を持つサムサは、
移動しながらでも持ち運べた。
硬さは欠点ではない。
機能だった。
胡椒餅の皮に残る抵抗感は、
草原を移動するために設計された
食料用コンテナの名残だ。

福州で起きた置き換え
この技術は、
シルクロードを東へ進む。
福建省、福州に届いた時、
中身が変わった。
羊肉が、豚肉になる。
イスラム圏の食べ物が、
漢民族の食文化に組み込まれた瞬間だ。
さらに、皮にも変化が加わる。
無発酵だった生地に、
老麺という発酵技術が持ち込まれた。
携帯食は、
定住社会の主食へと調整される。
海を越える窯
福州から、
台湾へ。
移民たちは、
味だけでなく、
窯の使い方ごと持ち込んだ。
だが、台湾は暑く、湿度が高い。
ここで再び、
中身が更新される。
防腐と刺激のために、
大量の青ネギと、
黒胡椒が投入された。
羊は豚に。
玉ねぎは青ネギに。
クミンは胡椒に。
それでも、
生地を素手で窯に貼り付けるという
危険な工程だけは残った。

失われなかった兄弟
同じ祖先を持つ食べ物は、
他にもある。
インドのサモサだ。
だが、サモサは揚げる道を選んだ。
油が、保存性を担った。
焼くという選択を守ったのは、
サムサの系譜と、
台湾の胡椒餅だった。
夜市の路地で売られる胡椒餅は、
実は中央アジアに最も近い場所にある
生きた化石だ。
円筒形のタイムカプセル
胡椒餅をかじると、
最初に来るのは硬さだ。
それは失敗ではない。
移動のために必要だった強度が、
遺伝子として残っている。
赤く燃える窯を見つめると、
福州の港が見える。
その先に、
乾いた草原が続いている。


