── 忘れられた廃墟が、都市のアートになるまで ──

午後の早い時間、
港に近い倉庫群のあいだを歩いていると、
ここが「観光地」と呼ばれていることを、
ときどき忘れそうになる。
レンガの壁は均一ではなく、
塗り直された跡と、手を加えられていない部分が混ざっている。
海風が抜け、足元のコンクリートには
かつての用途を示すような溝や段差が残っている。
人は多いが、
整えられすぎたテーマパークのような空気はない。
写真を撮る人の横を、
何も撮らずに通り過ぎる人もいる。
歩きながら、
「昔は、どんな場所だったのだろうか」と思う。
最初からアートのために用意された空間ではないことだけは、
建物の表情から伝わってくる。
駁二芸術特区は、
最初から今の姿を想定して作られた場所ではなかった。
港の片隅にあった「忘れられた場所」
かつて、ここは目的地ではなかった。
港湾施設のさらに奥、作業を終えた倉庫が並ぶだけの場所で、
用事がなければ近づく理由もない一角だった。
1973年に建てられたこれらの倉庫は、
砂糖やバナナといった輸出品を一時的に保管するためのものだったという。
重機の音、機械油の匂い、
貨物を待つあいだの湿った空気が、長く留まっていた場所だ。
しかし港湾機能が南へ移り、
コンテナ輸送が主流になると、
この一帯は役割を失っていく。
90年代には人の出入りも減り、
壁は剥げ、鉄は錆び、
都市の中に取り残された空白のような存在になっていた。
それが今では、
高雄を代表する文化エリアとして
「駁二芸術特区」という名前で呼ばれている。
花火が照らし出した、廃墟の価値
転機は、計画されたものではなかった。
2000年、国慶節の花火大会の会場を探していた担当者が、
偶然この倉庫群に足を踏み入れたという。
荒れ果てた建物ではあったが、
視界が開け、音を遮る壁もなく、
「使えそうだ」という感覚が先に立った。
その一度きりの利用が、
この場所を再び地図に戻した。
以後、ここは単なる廃墟ではなく、
「何かを置ける余白」として扱われるようになる。
重要だったのは、
倉庫を完全に新しくしなかった点だ。
壁の落書き、剥がれた塗装、
露出した配管や鉄骨は、
撤去されるのではなく、そのまま残された。
過去を消すのではなく、
過去の上に何かを重ねる。
その方針が、最初から共有されていたように見える。
芸術家が先に入り、行政が後から来た
2001年、
「駁二芸術発展協会」が設立される。
最初に動いたのは行政ではなく、
地元の芸術家たちだった。
彼らは倉庫をアトリエとして使い、
展示や実験的なイベントを始める。
行政は、その動きを後から支える形を取った。
用途を厳密に決めず、
完成形を急がない。
駁二は、前衛的な実験場として
しばらくのあいだ揺らぎ続ける。
その後、文化建設委員会(C.I.E.R)などが関与し、
デザインフェスティバルや大型展示が開催されるようになる。
倉庫群は徐々に整備され、
エリアは三方向へと拡張していった。
三つの倉庫群を、歩いて理解する
駁二芸術特区は広い。
全体像を掴むには、
三つの倉庫群に分けて考えると歩きやすい。
大勇(Dayong)倉庫群
エリアの中心にあたる区画で、
かつては台湾砂糖公社の倉庫が並んでいた。
現在は、
誠品書店や映画館が入り、
商業と文化のバランスが取れた場所になっている。
広場には、
労働者と農婦を模した巨大な公仔(フィギュア)が立ち、
この場所がもともと「働くための港」だったことを
視覚的に思い出させる。
大義(Dayi)倉庫群
LRTの駅に近い東側。
より細かく区切られた倉庫が連なり、
小さなクラフトショップやギャラリー、カフェが入っている。
建物同士の距離が近く、
路地を歩くような感覚がある。
レンガの密度が高く、
写真を撮る人が立ち止まりやすい。
路地の奥には、
パイナップルケーキで有名な「微熱山丘(SunnyHills)」がある。
ここは試食でお茶とケーキを丸ごと一個振る舞うことで知られているが、
この店舗も倉庫の無骨さをそのまま活かしている。
蓬莱(Penglai)倉庫群
哈瑪星寄りの西側。
鉄道との結節点に近く、
「哈瑪星鉄道文化園区」と地続きになっている。
ここは広場が大きく、
ミニ鉄道が走り、
親子連れの姿が多い。
倉庫というより、
港と街の境界を緩めるための空間として
機能しているように見える。
「壁のない美術館」を歩く
駁二では、
展示室に入らなくても作品に出会う。
壁面いっぱいに描かれた巨大な壁画。
倉庫の屋根や柱に取り付けられた立体作品。
路上に置かれたインスタレーション。
それらは鑑賞を強制しない。
通り過ぎてもいいし、
気になったら立ち止まってもいい。
大義倉庫群の先には、
白い曲線を描く大港橋が見える。
倉庫の無骨さとは対照的な構造物で、
この場所が今も港と地続きであることを示している。
なぜ、ここは居心地がいいのか
駁二芸術特区には、
よく整えられた観光地に見られる
「完成感」があまりない。
海風がそのまま抜け、
対岸では今も船が動いている。
港は過去形ではなく、現在進行形だ。
アートは高尚なものとして隔離されず、
散歩の延長線上に置かれている。
作品と日常の距離が近い。
倉庫の用途が変わっても、
場所としての性格は引き継がれているように見える。
錆びついた記憶の上に、何を置くか
昼下がりの駁二を歩くと、
コンクリートの地面からじわりと熱が返ってくる。
日差しは強く、影は短い。
かつて、
砂糖やバナナが詰め込まれていた箱の中に、
いまはポスターや彫刻、音楽の気配が置かれている。
それは完全な置き換えではなく、
どこか不揃いな上書きに近い。
壁の錆も、床の傷も消されていないまま、
新しい用途だけが重ねられている。
高雄という都市が、
重工業から文化と観光へと
静かに基本設計を更新してきた過程は、
冷房の効いた展示室ではなく、
この熱を帯びた空気の中に残っている。
しばらく歩いて振り返ると、
倉庫の影はまだ同じ場所に落ちていた。
変わったのは風景ではなく、
その使われ方だけなのかもしれない。
Key Observation:
駁二芸術特区は、過去を消さずに使い続けることで、高雄の時間そのものを可視化している。
駁二芸術特区
高雄市塩埕區大勇路1番地
月〜木: 10:00 – 18:00、金〜日: 10:00 – 20:00 ※屋外エリアは24時間開放
MRT橘線「鹽埕埔」駅から徒歩5分
LRT(ライトレール)「駁二蓬莱」駅または「駁二大義」駅下車すぐ




