―― 冬瓜という名の「優しい嘘」 ――
台湾土産の定番、鳳梨酥(パイナップルケーキ)。
初めて食べたとき、「思ったよりパイナップル感がない」と感じた人は少なくないはずだ。
実はそれは、味覚が鈍いわけでも、店選びを間違えたわけでもない。
長いあいだ、台湾の伝統的なパイナップルケーキの餡の主成分は、冬瓜だった。
パイナップルは、あくまで香りづけ。
時代や製法によっては、ほんのわずかしか入っていなかったこともある。
名前と中身が一致しない。
だがこれは、単純な偽装ではない。
台湾がかつて「缶詰王国」だった時代から続く、産業と味覚の折衷の結果だ。
「缶詰王国」が生んだ、合理的な甘さ
日本統治時代から戦後にかけて、台湾は世界有数のパイナップル缶詰輸出国だった。
大量生産の現場では、必ず「余り」が出る。
缶詰に向かない芯の周辺、皮に近い部分。
これらを無駄にしないため、ジャム状に加工する流れが生まれた。
だが問題があった。
当時主流だった在来種のパイナップル(土鳳梨)は、酸味が強く、繊維も粗い。
そのままでは、お菓子の餡としては扱いづらかった。
そこで選ばれたのが冬瓜だった。
水分が多く、繊維がなく、安定して手に入る。
煮詰めると滑らかで、砂糖との相性もいい。
冬瓜を混ぜることで、
・酸味は丸くなり
・食感は均一になり
・子どもから高齢者まで食べやすくなる
「冬瓜入り」は、コストカットではなく、当時の最適解だった。

微熱山丘という「異物」の登場
2000年代後半、空気が変わる。
南投県の農家発ブランド、微熱山丘(サニーヒルズ)が登場した。
彼らは宣言する。
冬瓜は使わない。
在来種の土鳳梨を100%使う、と。
その餡は酸っぱい。
繊維が口に残る。
従来の「お茶請け」としての完成度は、正直高くない。
地元の年配層には不評だった。
「これはお菓子じゃない」と言われたこともある。
だが、その不完全さこそが、若い世代や観光客には新鮮だった。
健康志向、素材志向、そして「本物らしさ」。
ここで、明確な二極化が生まれる。
・冬瓜入り:甘く、なめらか、伝統的
・土鳳梨100%:酸っぱく、繊維質、現代的
どちらも否定されず、並び立つようになる。
四角い理由、金塊という比喩
パイナップルケーキは、なぜ四角いのか。
あの形は、偶然ではない。
台湾語でパイナップルは「旺來」。
福が来る、繁盛する、という意味を持つ。
そこに四角い形。
まるで金の延べ棒だ。
日持ちがして、
割れにくく、
持ち運びやすく、
縁起もいい。
選挙、商談、帰省。
あのサイズと形は、贈答用の「通貨」として完成されていた。
缶詰産業が衰退したあと、
パイナップル農家を救ったのは、この加工と意味づけの転換だった。

優しい嘘と、酸っぱい真実
いま、台湾の店先には二つのパイナップルケーキが並んでいる。
・冬瓜入りの、優しい甘さ
・土鳳梨100%の、鋭い酸味
どちらが正しいわけでもない。
その日の気分で選べばいい。
安心したい日には、優しい嘘を。
目を覚ましたい日には、酸っぱい真実を。
それを選べること自体が、
台湾のパイナップルケーキ文化の成熟なのだと思う。



