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台湾の清粥についての記録


台湾の街を歩いていると、
ときどき拍子抜けするほど素朴な看板に出会う。

「清粥」。

大きく書かれているのは、それだけだ。

だが、引き戸を開けた瞬間に目に入ってくるのは、
白いお粥の鍋ではない。

カウンター一面に並ぶ、
数十種類の「小菜(おかず)」の群れだ。

魚の煮付け、青菜炒め、角煮、卵焼き。
赤いソーセージ、漬物、正体不明の茶色い塊。

ここは本当に「お粥屋」なのか。
そう疑うのが、むしろ正しい第一印象だ。


粥は主役ではない

台湾の清粥小菜で、
粥は最初から主役の座にいない。

多くの店で出てくるのは、
ほのかに甘いサツマイモ粥(地瓜粥)。

塩気はほとんどなく、
味の輪郭は極端にぼやけている。

だが、それは失敗ではない。
むしろ、この店の設計思想そのものだ。

粥は「料理」ではなく、
おかずを成立させるための装置なのである。


指差しで完成する定食

日本の定食屋では、
文字で書かれたメニューから選ぶ。

台湾の清粥小菜では違う。

目の前に並んだ「実物」を見て、
ただ指を伸ばす。

「これと、これ、それからあれ」。

言葉はほとんど要らない。
外国人でも、初日から参加できる。

この視覚優位のシステムは、
合理的であると同時に、
人間の食欲にとても正直だ。

茶色い料理が並ぶ光景に、
抗える人は少ない。


味の濃淡というリズム

なぜ、これほど多くのおかずが必要なのか。

答えは単純だ。

おかずは、
塩辛く、油っこく、味が強い。

粥は、
薄く、甘く、水分が多い。

この極端なコントラストが、
食事のリズムを生む。

豆腐乳をほんの少し舐め、
すぐに粥を流し込む。

口の中で、
「攻撃」と「洗浄」を往復する。

台湾の清粥小菜は、
味を完成させる場所ではなく、
味を運動させる場所
なのだ。


編集権は客にある

日本の定食は、
料理人が完成形を提示する。

主菜、副菜、汁物。
すべてが一つのパッケージだ。

一方、清粥小菜では、
その編集権が完全に客に委ねられている。

昨日は野菜中心。
今日は肉多め。

二日酔いの日と、
腹いっぱい食べたい夜とでは、
まったく別の定食が立ち上がる。

同じ店に通っても、
同じ食事にはならない。

ここには、
「正解の定食」が存在しない。


白いキャンバスとしての粥

結局のところ、
粥は主役ではない。

それは、
濃い味の小菜を受け止めるための
白い背景であり、

喉を潤し、
次の一口を迎えるための
リセット装置でもある。

トレーの上に並んだ小皿は、
その日の自分の欲望を、
正直に映し出す。

台湾の清粥小菜とは、
自分で自分の定食を編集する、
静かな実験室なのかもしれない。


初心者にすすめたい「三種の神器」

初めての清粥小菜で迷ったら、
この三つは外しにくい。

・豆腐乳
 強烈な塩気。粥との相性は別格。

・麺筋
 甘辛いグルテン煮。日本人に一番やさしい。

・菜脯蛋
 切り干し大根入り卵焼き。食感が楽しい。

この三点が揃えば、
もう立派な「台湾定食」が完成する。


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