―― 台湾の夜市で生まれた、独自の牡蠣オムレツ ――
台湾の夜市で鉄板の前に立つと、油が跳ねる音が絶えず続く。
鉄板の上には小さな牡蠣、溶いた粉、野菜、卵が次々と置かれ、店員の手が止まらない。
台湾南北どこへ行っても見かける料理だが、これは単なる「牡蠣オムレツ」ではない。
台湾特有の構造と好みが層になってできた、独自の一皿だ。
蚵仔煎は「オアチェン」と読む。
台湾語の読み方で、響きが柔らかい。
料理を指すとき、この読みが自然に受け入れられている。
料理名そのものが台湾語で定着している点は、この料理の「土着性」を示している。
生地の正体と「Q」という食感
台湾の蚵仔煎を形づくる最重要の要素は、生地だ。
サツマイモ粉(地瓜粉)と太白粉を水で溶いたもので、鉄板に流すと半透明のまま固まり、弾力が残る。
焼き上がりはモチモチとして、少しぬるっとした粘りがある。
台湾ではこの弾力を「Q(キュー)」と表現する。
麺類でも団子でも、モチモチして弾力があるものを評価するとき、この音を使う。
東南アジアの同種料理と比べると、生地の違いが大きい。
タイやマレーシアでは米粉や小麦粉が中心で、油を多く使い、外側をクリスピーに仕上げる。
台湾は逆に油を控えめにし、生地の水分と熱で「膨らませる」方向へ向かう。
これは料理というより、鉄板で焼く餅に近い。
野菜の量が示すもう一つの性格
蚵仔煎には、野菜が大量に入る。
小白菜(パクチョイ)や茼蒿(シュンギク)が主流で、冬のシュンギク入りは特に人気がある。
牡蠣の量より野菜の方が多い店も珍しくなく、オムレツというより「温野菜を粉でまとめた料理」に近い。
東南アジアの牡蠣料理では、野菜は脇に追いやられる。
台湾はその逆で、緑の存在感が強い。
粉、野菜、牡蠣の比率はほぼ同じで、全体のバランスで食べる。
野菜の水分が生地の粘度を決める点も台湾らしい。
シュンギクの苦味と香りは、生地の甘みとよく合う。
甘いソースで決まる「台湾の味」
鉄板で焼かれた蚵仔煎の上には、最後にピンク色のとろみソースがかかる。
海山醤と呼ばれ、味噌、ケチャップ、砂糖、醤油などが混ざっている。
甘く、少し酸味があり、とろみが強い。
このソースが全体の方向性を決めている。
台湾だけが「甘さ」で料理をまとめている。
生地が柔らかいため、味の主導権はソースにある。
ソースを変えると別物になるほどで、台湾の蚵仔煎はこの甘いソースを中心に設計されている。
夜市の中での位置づけ
蚵仔煎は、夜市では軽食として扱われることが多い。
米はなく、味も軽すぎず重すぎない。
家族連れがシェアして食べ、次の店へ向かう。
鉄板で焼かれる様子は、台湾の屋台文化を象徴している。
音がし、匂いが立ち、仕上がりが目の前で変わっていく。
台湾の蚵仔煎は、台南、台中、台北で少しずつ味が違う。
ソースの甘さ、生地の硬さ、牡蠣の量、野菜の種類。
全国に広がるが、地域差は確かにある。
台湾のテロワールとしての蚵仔煎
サツマイモ粉という台湾特産の澱粉。
冬の野菜であるシュンギク。
南部に根づいた甘い味付け。
蚵仔煎には、台湾の風土と嗜好がそのまま重なっている。
東南アジアのクリスピーな牡蠣オムレツと比べると、台湾のものは柔らかく、落ち着いている。
粉、野菜、甘いソースの三つで構成される料理は、台湾以外ではあまり見られない。
この一皿を記録しておくと、将来ほかの国の牡蠣料理と比べるとき、境界線がはっきり見えてくる。
台湾の夜市で鉄板の前に立つと、今日も同じ匂いが流れていた。
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