―― 台湾の「黒い砂礫(されき)」の役割 ――

台湾にもオレオはある。
珍しいフレーバーや限定品もあり、お土産としてはむしろ優等生だ。
だが、台湾の夜市や屋台でオレオを見かけるとき、それはもはやナビスコ社のクッキーではない。
円形のまま放り込まれ、あるいは粉々に砕かれ、料理の一部として再配置されている。
その扱いは、日本で言えばゴマやきな粉に近い。
味を足すというより、食感を設計するための素材として使われている。
黒く、硬く、崩れにくい。
オレオは台湾の食卓において「黒い砂礫」として機能している。
柔らかい世界への、意図的な反逆
台湾の伝統的なスイーツは、基本的に柔らかい。
豆花、芋圓、タピオカ。どれも口の中で抵抗なく崩れる。
この「優しすぎる世界」に、オレオは異物として投入される。
たとえば車輪餅。
なめらかなカスタードの中心に、固いオレオが丸ごと埋め込まれていることがある。
その瞬間、舌は違和感を覚える。
だがそのノイズこそが、記憶に残る。
均質なテクスチャーよりも、少しの異物。
台湾の屋台は、その効果を直感的に理解している。
甘いとしょっぱいの境界線を消す装置
必勝客(ピザハット台湾)の「オレオ唐揚げピザ」は、初見では悪ふざけに見える。
塩辛い唐揚げと、甘いクッキーを同時に乗せるという暴挙。
だが台湾の味覚文法では、これは破綻していない。
甘い醤油、甘いマヨネーズ。
台湾では「甘じょっぱい」は対立ではなく、基本形だ。
オレオのココアの苦味と甘みは、唐揚げの脂を切るための香辛料として機能している。
クッキーではなく、スパイス。
この転換が、オレオを食卓に定着させた。

視覚としてのオレオ、箱庭としての一杯
ミルクティーの上に砕いたオレオを敷き詰め、ミントを一本挿す。
いわゆる「植木鉢ミルクティー」だ。
ここで重要なのは味よりも視覚だ。
黒いオレオは「土」に見立てられ、カップの中に小さな庭が立ち上がる。
これは流行りのSNS映えというより、
日本料理で言う見立てに近い。
台湾のカフェは、飲み物の中に小さな風景を作る。
オレオは、そのための最適な「黒い土壌」だった。

揚げられることで消えるもの
夜市には、揚げオレオがある。
衣をまとい、油の中に沈められたそれは、
見た目だけでは中身が何か分からない。
噛むと、外側は軽く割れ、
中から甘く溶けた黒い塊が現れる。
クッキーの歯ごたえはない。
ココアの輪郭も曖昧だ。
ここではオレオは、
砕かれることも、飾られることもない。
ただ油を吸い、熱を抱え、
甘さを保持する「核」になる。
揚げることで、
オレオはクッキーであることをやめる。
台湾においてそれは、
最も自然な帰結なのかもしれない。
既製品を、もう一度「素材」に戻す力
クッキーは本来、完成品だ。
袋を開け、食べて終わる。
だが台湾では、オレオは一度分解される。
砕かれ、埋められ、混ぜられ、意味を変えられる。
それはブランドの消費ではなく、素材への還元だ。
ピザの上で焦げたオレオを見るとき、
私たちは台湾の食文化が持つ、
貪欲さと柔軟さそのものを目撃しているのかもしれない。




