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台湾の大根餅についての記録

台湾の大根餅は、朝に食べられる。
すりおろした大根と米粉を練って焼いた料理で、餅と書いてあるが、餅米の餅ではない。

英語のメニューに並ぶ Turnip Cake という表記は、最初の罠だ。
そこにあるのはカブではなく、白く太い大根である。

台湾の市場で見る大根は、日本のそれよりも大きく、水分が多い。
皮は厚く、切り口はざらりとしている。
この野菜が、あの四角い餅状になるとは、初見では結びつかない。

焼かれる前の大根餅は、正直に言って魅力的ではない。
白く、無表情で、角ばった直方体。
表面には蒸した痕跡だけが残り、香りも弱い。
石鹸か、工事現場に転がっている建材のようにも見える。

包丁を入れると、刃はすっと入る。
だが、完全な滑らかさではない。
細かく刻まれた大根の繊維が、わずかに抵抗を返してくる。
この時点では、味を想像するのは難しい。

だが、鉄板の上で油を吸い、表面に焦げ色が浮かび始めた瞬間、評価は反転する。
白かった塊は黄金色へと変わり、油と糖分が反応した香ばしい匂いが立ち上がる。

ヘラで押されると、表面がわずかに沈み、すぐに戻る。
内部がまだ柔らかいことが、その反発で分かる。
焼き色が均一につくまで、裏返されることはない。

台湾の朝は、ここから始まる。


食べる言葉遊びとしての歴史

大根餅が中華圏で特別な位置を占める理由は、味そのものではない。
鍵は「音」にある。

「糕(ガオ)」は、「高(ガオ)」と同じ発音だ。
高くなる、上に行く、前進する。
この同音異義語の連鎖によって、大根餅は出世や成長を象徴する食べ物になった。

本来は春節に食べる縁起物だった。
蒸して、切って、焼くという工程そのものが、「段階を踏んで上がる」ことを暗示しているとも言われる。

だが台湾では、この象徴性があっさりと日常に転用される。
ありがたいものは、毎日食べたほうがいい。
結果、大根餅は祝祭の食べ物から、朝食屋の定番へと降りてきた。


禅と装飾の分岐点

同じ大根餅でも、地域によって思想は大きく異なる。

香港の飲茶で出てくるものは、具だくさんだ。
臘腸、干し海老、椎茸。
切り口には赤や茶色の断面が散り、香りも味も重なり合う。
これは「何が入っているか」を食べる大根餅である。

一方、台湾の朝食屋のそれは、驚くほど簡素だ。
ほぼ白一色。
断面を見ても、具らしい具は見当たらない。

だがそれは省略ではなく、選択だ。

米と大根の甘みだけで成立させる。
余計な情報を削ぎ落とし、焦げ目と食感だけで勝負する。
この姿勢は、どこか禅的ですらある。


焦げ目がすべてを決める

大根餅の成否は、メイラード反応にかかっている。

表面はカリッと硬く。
箸で触れると、わずかに音がする程度まで焼かれている。

中は、熱でほどけるように柔らかく。
大根の水分が閉じ込められ、餅状の生地と一体化している。

歯を入れた瞬間、まず焦げ目が割れ、
その直後に、内部が崩れる。

この音と食感の落差がなければ、大根餅ではない。

焦げ目のない白い大根餅は、ただの温かい練り物だ。
焼くことによって初めて、意味を持つ。


卵を足すという選択

台湾の朝食屋で注文するとき、
多くの人が唱える短い言葉がある。

「加蛋(ジャーダン)」。

卵を追加する、という意味だ。

これを告げると、店主は鉄板に卵を割り落とし、
半熟になる前に、焼き上がった大根餅をその上に押し付ける。

白い直方体は、
薄焼き卵の布団をまとい、
完全な黄金色へと変わる。

卵の油分と、新しい焦げ目が加わることで、
それまで禅的だった味わいに、
「コク」という世俗的な喜びが足される。

5元か10元か。
わずかな追加料金で得られる、
朝の確実な幸福である。


脇役が主役を完成させる

台湾式の大根餅は、単体では未完成だ。

そこにかかるのが、醤油膏。
甘く、とろみのある醤油が、焼き色の凹凸に沿って広がる。

さらに蒜蓉醤が加わると、景色は一変する。
刻まれたニンニクの刺激が、淡白だった大根に輪郭を与える。

主役を押しのけることなく、
味だけを一段階持ち上げる。
脇役として理想的な距離感だ。


毎朝の小さな上昇

かつては「高くなる」ことを願って食べられていた。
今は、ただ腹を満たすために焼かれている。

それでも鉄板の前に立ち、
焦げる音を聞き、
皿に盛られた黄金色を見ると、

血糖値と一緒に、気分も少しだけ上向く。

台湾の大根餅は、縁起物であることをやめた。
代わりに、朝を立ち上げる役割になった。

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