―― Cycling Island Taiwan ――
台湾には、自転車を“発明した”島というイメージがある。
Giant(ジャイアント)とMeridaという世界的ブランドを持ち、欧米の高級車の多くは台湾で作られている。
しかし、かつて台湾の街には、その自転車の姿がほとんどなかった。
作ってはいたが、乗ってはいなかった。
ここから、台湾の自転車文化の変化が始まる。
「練習曲」が作った最初の火種(2007年)
2007年に公開された映画『練習曲(Island Etude)』。
聴覚障害の青年が、ギターを背負いながら台湾を一周する物語だ。
セリフは静かで、淡々としている。
しかし、当時の台湾人の心を動かしたのは、その一言だった。
「有些事現在不做,一輩子都不會做了。」
(今やらなければ、一生やらないままだ。)
この台詞は、若者の背中を押した。
環島(ファンダオ)、つまり「台湾一周サイクリング」がブームになる。
ただし、この時点ではまだ「若者の文化」だった。
73歳の反逆 ― King Liu が走り始める
同じ2007年。
Giant創業者の 劉金標(King Liu) が、73歳で環島に挑戦した。
15日間で927km。
灼熱の西海岸、雨の多い東海岸。
彼は黙々と、島を一周した。
台湾ではこう語られている。
「老人が走れば、文化になる。」
若者だけのものだったサイクリングは、
73歳の大きな背中によって、“世代を超えた文化”へと変わった。
King Liu はただの経営者ではない。
退任後も、台湾各地で自転車文化を広める活動を続けた。
北京から上海への1668km(京騎滬動)、台湾一周、地方都市での講演。
彼は「自転車を売った人」ではなく、
「自転車文化の伝道師」になっていった。
道路に描かれた一本の青い線(環島1号線)
映画と老人が火をつけたあと、政府はインフラの整備に動き始める。
その象徴が、環島1号線(Cycling Route No.1)。
台湾を一周できる約968kmの自転車ルートだ。
道路には、迷わないための青いラインが引かれている。
大げさなインフラではないが、この「線」が文化をつないだ。
歩道の段差が削られ、海辺の道路にサイクリングロードが作られた。
道の駅は少ないが、台湾にはそれを補う仕組みがある。
警察署が「水」をくれる国
サイクリング中に困るのは、補給とトイレだ。
台湾ではそれを警察署(派出所)が担っている。
多くの派出所には、**「鉄馬驛站(自転車ステーション)」**という小さな看板がある。
ここでできること:
・無料の飲料水補給
・空気入れの貸し出し
・休憩スペースの提供
・トイレの利用
権威の象徴だった場所が、自転車旅人の避難所になった。
これもまた、台湾らしい柔らかさだと思う。
島全体が「自転車の舞台」になる
毎年11月の自転車フェスティバルでは、島の空気が変わる。
Formosa 900
全台湾から集まったサイクリングチームが、
9日間、900kmを走るイベント。
KOM Challenge(太魯閣 → 武嶺)
海抜0mから3275mまで一気に登る“世界一残酷なヒルクライム”。
ここにはヨーロッパのトップ選手も参加する。
台湾の山と海を貫くイベントは、
“Made in Taiwan” の自転車が世界へ向かう象徴にもなっている。
作る島から、走る島へ
台湾は、長く「自転車を作る島」だった。
それが今では、**「自転車で走る島」**になった。
映画の静かな台詞。
73歳の挑戦。
道路に描かれた青い線。
警察署の水。
そして、GiantとMeridaが作る自転車。
理由はひとつではない。
しかし、それらが重なった結果として、台湾の街には自転車が定着した。
島の周りを一周する文化がある国は、そう多くない。
台湾の自転車文化は、特別だと思う。
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