―― 午前中に消える肉、温体肉という食文化 ――
朝7時の伝統市場。
白熱灯の下、常温の台に解体されたばかりの肉が並ぶ。
霜も氷もなく、ラップもない。
先進国的な衛生観念で見れば、これはコールドチェーンの欠如に映る。
だが、この光景は放置ではない。
台湾の市場は、冷蔵というハードウェアを、速度と近接性というソフトウェアで置き換えている。
肉は午前中に姿を消す。
それを前提に、都市と物流が組まれている。
これには「温体肉」という言葉が深く関係している。
「温体肉」とは何か
温体肉とは、屠畜後に一度も冷却されていない肉を指す。
体温の名残があり、死後硬直が始まる前の状態にある。
冷凍や冷蔵を経ないため、氷結晶は形成されない。
細胞壁は壊れず、ドリップは出ない。
水分と旨味は肉の内部にとどまる。
この肉は柔らかく、わずかな粘りを持つ。
スープでは出汁を深くし、炒め物では調味料を受け止める。
台湾の料理にとって、これは前提条件に近い。
評価の基準も異なる。
霜降りよりも、生々しい鮮度が重視される。
都市の縁に置かれた心臓
この肉質を保つには、距離が必要になる。
屠畜場と市場、そして食卓までの距離である。
北部では、蘆洲、樹林、三重といった地域に大規模な屠畜場が置かれている。
都心から車で30分前後。
南部では、鳳山など居住区と隣接した場所に同様の施設がある。
深夜2時に解体が始まる。
4時には常温のまま市場へ向かう。
7時、店頭に並ぶ。
微生物が増殖する前に、消費が終わる。
増殖曲線と物流速度の競争に、都市構造そのものが組み込まれている。
当日売り切りという規律
市場の精肉店に冷蔵庫はない。
それは設備不足ではない。
その日に屠畜された分だけを売る。
売れ残りは想定されていない。
屠畜場が休む日、市場も静かになる。
多くの場合、それは月曜日だ。
供給が止まれば、販売も止まる。
昨日の肉を今日売るという選択肢はない。
この連動が、消費者に信頼を与えている。
冷蔵設備や電気代は不要になる。
その代わり、深夜と早朝の労働が投入される。
肉という資産は、その日のうちに回転しきる。
■ 関連する記録
近代化を拒む舌
政府は冷鏈化を進めてきた。
衛生、効率、規格。
理屈は明快だ。
だが、消費者と料理人は別の基準を持つ。
温体肉の食感と香りは、数字で代替できない。
正論としての衛生と、体験としての味。
この対立は、今も続いている。
文化がインフラの更新を押しとどめている。
都市構造を保存するもの
温体肉が求められる限り、屠畜場は遠ざけられない。
市場の朝も消えない。
台北や高雄が、いまも都市の内部に生の食の現場を抱えているのは、
合理性よりも舌が優先されてきた結果である。
冷蔵庫のない精肉店の前を通るとき、
そこにあるのは過去ではない。
速度と執着がつくり出した、もう一つの現在である。




