―― なぜあのピンク色のたれをかけるのか ――

夜市で 蚵仔煎(オアチェン) を前にすると、
いつも少しだけ拍子抜けする。
たっぷりの牡蠣。
半透明の生地。
表面に光る、あのピンク色のたれ。
でもそこに、
ソースも、マヨネーズも、ない。
日本の感覚なら、
粉ものにその2つが無いのは、かなりの異例だ。
なのに台湾では、
誰もそれを足そうとしない。
少し不思議だったので、
散歩ついでに考えてみることにした。
台湾にはソースとマヨネーズが無いのだろうか
まず、ここから考えた。
台湾に
ソースとマヨネーズが存在しないのではないか、と。
結論から言うと、
そんなことはない。
コンビニにもあるし、
ハンバーガー屋にもあるし、
夜市でもマヨネーズは普通に使われている。
鶏排には甘辛いソース。
脆皮蛋餅にはマヨネーズ。
地瓜球にすらマヨネーズがかかることもある。
つまり、
物理的に「無い」わけではない。
では、
なぜ蚵仔煎には使われないのか。
台湾人はしょっぱいのが嫌いなのだろうか
次に思ったのは、
味の好みの問題だ。
台湾料理は、
日本より甘いと言われることが多い。
だから、
ソースのような濃い塩味は
好まれないのではないかと考えた。
けれどこれも、
どうも違う。
魯肉飯はしっかりしょっぱいし、
牛肉麺も塩気ははっきりしている。
鹹豆漿だって、立派に塩味だ。
台湾人は、
塩味が嫌いなわけではない。
むしろ、
塩味の使い方が違うだけのように見える。

粉ものにソースをかけない文化なのか?
では、
粉もの文化の違いなのかと思った。
でもこれも、
どうも当てはまらない。
台湾には葱油餅(ツォンヨゥピン)がある。
屋台ではそれにソースをかけることもある。
お好み焼きも、
たこ焼きも、
台湾にはもう普通に存在している。
つまり、
「粉ものにソースをかけない文化」
なわけでもない。
だからこそ、
なぜ蚵仔煎だけが例外なのか
というところが、
余計に気になってくる。
甘甜という座標
台湾の味覚には、
しょっぱい/甘いとは別の軸がある。
それが 「甘甜(ガンティエン)」 だ。
直訳すれば「甘くて、やさしい」。
だがそれは砂糖の甘さではない。
塩気の角が取れ、
旨味と糖分が溶け合い、
舌の上で丸くなる状態。
台湾人は、
この甘甜のゾーンに入った味を
「ちょうどいい」と感じる。
過剰な塩辛さでもなく、
お菓子のような甘さでもない。
料理が、心地よい位置に着地したときの感覚だ。
蚵仔煎はすでに甘甜に入っている
蚵仔煎のピンク色のたれは、
砂糖と醤油と少しの酸味でできている。
そこに牡蠣の海の塩気、
卵のコク、
サツマイモ粉の甘みが重なる。
結果として、
蚵仔煎は最初から
甘甜のスイートスポットにいる。
ここに
ソースをかければ塩味が強すぎる。
マヨネーズを足せば脂と酸が前に出る。
味の座標が、
甘甜からずれてしまう。
だから誰も、
足さない。
引き算ではなく、
すでに完成しているからだ。
結局よくわからない、という結論
ここまで考えてみたけれど、
結局のところ、
まとまった答えは出なかった。
ソースが無いからでもなく、
マヨネーズを嫌っているからでもなく、
粉もの文化が違うわけでもない。
ただ、
蚵仔煎は甘甜の場所にある。
それだけだ。
もし蚵仔煎に
ソースとマヨネーズがたっぷりかかっていたら、
たぶん、少しだけがっかりすると思う。
それはもう、
蚵仔煎ではなくなってしまうから。

ピンクのたれの前で
屋台の前で、
ピンクのたれがかかった蚵仔煎を受け取る。
スプーンで掬うと、
柔らかく崩れ、
牡蠣の塩気が少しだけ滲む。
甘くて、
でも海の匂いがして、
ソースでもマヨネーズでも
代わりにはならない味。
理由はよくわからない。
でも、これでいい。
そう思いながら、
今日もまた、
あのピンクのたれを受け入れている。





