―― 台湾の朝を形づくる揚げパンの機能美 ――
台湾の朝食屋に入ると、
必ずどこかで油の匂いが立ち上っている。
その中心にあるのが、油條(ヨウティアオ)だ。
一見すると、ただの揚げパンに見える。
しかしその軽さ、空洞、使われ方を観察すると、
油條は「食べ物」というより、
朝食を成立させるための構造部品に近い存在だと気づく。
熱気と空洞の設計
油條は、小麦粉を練った生地を細長く伸ばし、
高温の油に一気に落として揚げたものだ。
中国北方に起源を持つ、非常に古い食べ物である。
表面は硬く、軽く叩くと乾いた音がする。
中は大きな空洞で、驚くほど軽い。
日本の揚げパンやドーナツのような「詰まった油感」はなく、
油の香りだけを薄く纏わせたパン、という質感に近い。
早朝の豆漿店では、
職人が生地を引き伸ばし、油に放り込む。
その瞬間に立ち上がる熱気と音が、
店の一日の始まりを告げる。
秦檜を揚げるという伝説
油條には、よく知られた由来話がある。
南宋時代の奸臣、秦檜(シンカイ)とその妻を象り、
「売国奴を油で揚げて食べる」ために生まれた、という伝説だ。
史実としての正確さはさておき、
この話が示すのは、油條が単なる食べ物ではなく、
民衆による風刺と抵抗の象徴だったという点だ。
現在、その意味を意識して食べる人はほとんどいない。
それでも、揚げたての油條を朝に食べる行為は、
長い時間を経て残った生活の習慣そのものだ。
豆漿と結ばれて完成する
油條は、単体では完成しない。
その真価は、必ず液体と組み合わさることで発揮される。
甘い豆漿に浸せば、
油が砂糖を吸い込み、
サクサクからもっちりへと食感が変化する。
鹹豆漿に浸せば、
半分固まりかけた豆乳と具材を絡め取り、
油條はスプーンの代わりになる。
油條は主役ではない。
豆漿という液体の味と温度を、
口に運ぶための媒体として機能している。
形を変えて生き延びる
油條は、朝食の中で姿を変える。
飯糰の中に押し込まれ、
もち米の塊に、乾いた食感を与える。
燒餅に挟まれ、
パンとパンの間で、
台湾式の主食になる。
どの形でも、役割は一貫している。
軽さと空洞で、
全体のバランスを調整すること。
揚げたてを食べるという作法
油條は時間に弱い。
冷めると、油が戻り、
ただの重たい揚げ物になってしまう。
最も良いのは、
豆漿や蛋餅が仕上がる直前に注文し、
同時に受け取ることだ。
熱が残っているうちに、
豆漿へ沈める。
それが、この空洞を最大限に使う方法である。
油條は派手ではない。
しかし、台湾の朝食からこれを抜くと、
全体の構造が静かに崩れる。
空洞の中に、
台湾の朝の合理性が詰まっている。
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