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台湾の涼麺についての記録

日本で「冷たい麺」と聞けば、誰もが同じ光景を思い浮かべる。
氷水で締められ、指先が痛くなるほど冷えた麺。
啜れば、喉を通る冷気が体温を一段階下げてくれる。

だが台湾の「涼麺」は、その想像を最初の一口で裏切る。
冷たくない。
サッパリもしない。
そして、なぜか生温かい。


氷ではなく、風で冷やす

台湾の涼麺屋の厨房に入って、まず探してしまうものがある。
氷水だ。
しかし、そこにはない。

代わりに置かれているのは、年季の入った巨大な扇風機だ。
茹で上がった麺は、ザルに広げられ、サラダ油を薄くまとい、
そのまま強風にさらされる。

冷やすのではない。
熱を飛ばすだけだ。

こうして出来上がる麺の温度は、ほぼ常温。
日本人の感覚では「冷たい」とも「温かい」とも言えない、
曖昧な領域に着地する。

これは手抜きではない。
油でコーティングされた麺の「Q(弾力)」を最大限に保ち、
高温多湿の環境で麺が劣化するのを防ぐための、
きわめて合理的な空冷方式だ。

台湾の涼麺は、最初から「キンキン」を目指していない。


タレではなく、ペースト

次に戸惑うのは、麺にかかるものだ。
日本の冷やし中華やざる麺のような、流動性のあるタレではない。

それは、もはや液体ではない。
芝麻醤(練りゴマ)をベースに、醤油、砂糖、酢、
そして大量の生ニンニクを混ぜ込んだ、高粘度のペースト。

スプーンですくえば、ゆっくりと落ちる。
麺にかければ、絡みつくというより、貼り付く。

啜ることはできない。
箸で持ち上げ、重さを感じながら口へ運ぶ。
涼麺は「流す」食べ物ではなく、「運ぶ」食べ物だ。


朝からニンニクをキメる理由

この食べ物が、台湾では朝食として成立している。
これが最大の違和感かもしれない。

出勤前のオフィス街で、
人々はゴマとニンニクにまみれた麺を無言でかき込む。

日本的な発想では、
「重すぎる」「匂いが気になる」と感じる場面だ。

だが台湾の夏は、長く、過酷だ。
酢でサッと涼む程度では、一日の体力がもたない。

彼らが求めているのは、
清涼感ではなく、即効性のあるエネルギーだ。

涼麺とは、体を冷やすための麺ではない。
涼しい顔をして、脂質とニンニクを体に叩き込むための、
朝の補給食なのだ。


具材を削ぎ落とすという選択

台湾の涼麺は、驚くほど具が少ない。
基本は、きゅうりの千切りだけ。

ハムも、錦糸卵も、トマトもない。

これは簡素なのではない。
強烈な主役がすでに二つあるからだ。
「Qのある麺」と「濃厚なゴマペースト」。

それ以外の食感は、ノイズになる。
きゅうりだけが残った理由は明確だ。
唯一、油と粘度を切り、口の中に風を通してくれるから。


湿度の国の最適解

日本の「冷やし」は、水の文化だ。
冷やし、締め、流す。

台湾の「涼」は、油の文化だ。
覆い、絡め、蓄える。

生温くて、重たい。
だが食べ終わると、不思議と体は動く。

汗だくの屋台でこの麺を前にした時、
「サッパリこそが正義」という前提が、静かに崩れる。

涼麺は、冷たいふりをしたスタミナ食。
湿度の国が辿り着いた、ひとつの合理解だ。


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