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小籠包の「高級化」についての記録

小籠包は、もともと気取った料理ではなかった。
市場の近く、駅前、路地の奥。
蒸籠が積まれ、湯気が上がり、腹を満たすためにそこにあった。

それが、ある時期から
「わざわざ食べに行く料理」へと姿を変えていく。

味が変わったというより、
置かれる場所と、
それを見る視線が変わっていった、
と言ったほうが自然かもしれない。


屋台から食堂へ

1950〜60年代頃の台湾での小籠包は、
まだ食堂や屋台の延長にあった。

蒸して、出す。
空いたら、また蒸す。
そこにあるのは効率や回転で、
料理に物語を与える必要はなかった。

値段は手頃で、
仕事の合間や帰り道に、
さっと口に入れるためのものだった。

小籠包は、
まだ「料理の主役」ではなく、
生活の隙間にある存在だった。


点心からブランドへ

1970年代後半から80年代にかけて、
小籠包は少しずつ輪郭を持ち始める。

特定の店が知られるようになり、
「この店の小籠包」という言い方が生まれた。

蒸籠の中身に、
店の名前が重なり始めた時期とも言える。

その流れの中に、鼎泰豊がある。

通化街の小さな店から始まり、
厨房がガラス越しに見えるようになり、
ひだの数や手さばきが語られるようになった。

ここで小籠包は、
「作られるもの」から
「見せられるもの」へとゆっくり移行していく。

職人の動きが意味を持ち、
再現性が価値になる。
この転換が、後の高級化の土台になった。


食堂から百貨店へ

1990年代に入ると、
小籠包は百貨店や商業施設に入り始める。

冷房の効いたフロア、
照明の整った空間、
テーブルクロスのある場所。

かつては路地で湯気を上げていたものが、
硝子と大理石の空間に置かれるようになった。

鼎泰豊が百貨店に入ったことで、
小籠包は「食堂の料理」ではなく、
「都市のダイニング体験」の一部になっていく。

価格も、それに合わせて更新された。
高くなったというより、
別の文脈に移植された、
そんな印象に近い。

庶民の料理が高級になったのではなく、
高級な空間に小籠包が組み込まれていった。
そう見るほうが自然かもしれない。


庶民のままの場所も残る

ただ、
すべてが高級化したわけではない。

今も、
路地裏や市場の中では、
無言で蒸籠が積まれている。

値段も、空気も、
あまり変わっていない場所がある。

小籠包は、
上に持ち上げられたのではなく、
上下に分かれたのかもしれない。

それでも、
どちらかが正しいわけではない。

同じ蒸籠から、
二つの時間が立ち上がっている。


湯気の行き先

小籠包が高級になった、
とよく言われる。

けれど実際には、
小籠包そのものが変わったというより、
それを取り巻く場所と視線が変わっただけなのだと思う。

屋台の湯気を、
都市は抱えきれなくなり、
硝子の中に入れた。

そこから先は、
もう別の時間が流れている。

小籠包は、
同じ形のまま、
複数の世界に同時に存在している。

それがこの料理の、
少し不思議で、少し面白いところだ。

† 小籠包の記録を続けて読む

・小籠包の高級化
https://eatinthecorner.com/taiwan/xiaolongbao-luxuryization-taiwan/

・小籠包の国際化
https://eatinthecorner.com/taiwan/xiaolongbao-globalization-taiwan/

・小籠包のエンタメ化
https://eatinthecorner.com/taiwan/xiaolongbao-taptapization-taiwan/


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