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台湾の弁当屋の虱目魚肚飯(サバヒー)についての記録

昼時の台湾の街角には、独特の動線がある。

バイクが路肩に止まり、
ヘルメットをかぶったまま弁当屋の前に立つ人がいる。
工事現場の作業着の人間が、
紙袋を三つ四つ抱えて戻っていく。
オフィスのエレベーターホールでは、
透明な袋に入った弁当の受け渡しが静かに続く。

弁当屋のガラスケースには、
今日のメニューが並んでいる。


弁当箱のヒエラルキーと、一番高い札

台湾の昼は、積み上げられた弁当箱(便當、ビエンダン)の壁から始まる。
薄い紙の箱に、一本の輪ゴム。
ガラスケースの向こうで、メインと副菜が流れ作業で選ばれていく。

迷ったときは、定番を選べばいい。

排骨(パイクー)は豚あばら肉の揚げ物で、
油と醤油が確実に腹を満たしてくれる。
雞腿(ジートゥイ)は鶏もも肉、
焢肉(コンロウ)は豚の角煮だ。
どれも手頃で、昼の胃袋に対して正直な選択肢だ。

だが、価格表の端にある一行に、ふと目が止まることがある。

「虱目魚肚飯(サバヒー・ハラミ弁当)」。
相場は170〜200元。
他の弁当より頭一つ抜けて高い、
台湾の弁当屋における最も贅沢な選択肢だ。


南部の太陽が育てた、ミルクフィッシュ

そもそも虱目魚(サバヒー)とは何か。

台湾南部、特に台南周辺の暖かく浅い養殖池で育てられる、
熱帯性の回遊魚だ。

英語圏では「ミルクフィッシュ(Milkfish)」と呼ばれる。
加熱すると身が牛乳のように真っ白に染まり、
腹部にはミルクのように濃厚で甘い脂の層を蓄えるからだ。

草食性で、池の底の藻類を食べて育つ。
育て方によっては特有の泥臭さを帯びることもある。
しかし、その強烈な脂の旨味ゆえに、
台湾中南部の人々から熱狂的に愛されている。

この南国の魚が、四角い弁当箱に押し込まれたとき、
独特の存在感を放ち始める。


弁当箱を覆い尽くす、黒と黄金の板

注文して渡された弁当箱を開けると、
異様な光景が広がっている。

排骨や雞腿のように「ご飯の横に添えられる」のではない。

巨大なサバヒーの半身が、
3種類の副菜と白飯を完全に覆い隠す蓋として、
一枚板のように横たわっている。

表面は、高温の油でカリカリに焼かれた黄金色だ。
ひっくり返すと、銀色と黒が混じる硬質な皮目がある。

この魚は、弁当箱という規格に対して、
明らかに面積が余っている。


見えない人件費

虱目魚(サバヒー)は、本来とても厄介な魚だ。

222本の小骨が全身の筋肉に張り巡らされ、
先端がY字型に分岐している。
箸で取り除くことはほぼ不可能で、
かつては口の端から骨を吐き出しながら、
神経を張り詰めて食べる必要があった。

だが、この弁当箱に乗っている巨大な腹身には、
骨が一本も存在しない。

「無刺(ウーツー)」、骨なし。
看板にそう書かれている理由は、
職人が加工場で専用の刃物とピンセットを使い、
222本の骨を一本ずつ手作業で抜き去っているからだ。

虱目魚肚飯の価格は、魚肉そのものの値段ではない。

骨を気にせず、無心で噛み砕ける状態にするための、
見えない人件費がそのまま乗っている。

弁当を買う人間は、魚を買っているのではない。
安全で快適な咀嚼を買っている、ともいえる。


乾煎という格闘、そして三つの層

弁当屋の虱目魚肚(ユーズー)は、多くの場合
「乾煎(ガンジェン)」という手法で仕上げられる。

多めの油を引いた鉄板で、表面を揚げ焼きにする調理法だ。

水分を多く含むサバヒーのハラミを
熱した鉄板に落とした瞬間、油が爆発的に跳ねる。
厨房の人間にとって、火傷のリスクを伴う、
最も体力と注意を要する食材だ。

しかし客の前に出される頃には、
その暴力性は消え去っている。

箸を入れると、三つの層が現れる。

高温の油でカリカリに仕上げられた黄金色の皮目。
その下に広がる、しっとりとした純白の筋肉。
そして両者の間に挟まれた、
分厚い黒い腹膜と白い脂肪の層。

箸を入れた断面から、白い脂がゆっくりと溶け始める。

これは日本の焼き魚のように「身の旨味を味わう」料理ではない。
純粋に「脂の質量を味わう」ための構造だ。


重力に従って、脂が白飯を包む

焼かれた熱で溶け出したハラミの脂は、
重力に従って弁当箱の底へ落ちていく。

排骨(パイクー)や雞腿(ジートゥイ)の脂とは、
質が異なる。

豚や鶏の動物性の脂は重たく、
食べた後に口の中に膜が残る。
サバヒーの脂はさらさらとして軽く、
特有の甘みを持っている。

その脂が、弁当箱の底に敷かれた白飯を、
ひと粒ずつ覆っていく。

醤油の味ではない。
複雑なスパイスの味でもない。
わずかな塩気を帯びた、純粋な魚の脂の甘みだけがある。

米は調味料で味付けされるのではなく、
海の脂で包まれる。
極めて原始的でありながら、贅沢な一口だ。


急いでいない人たちの弁当

この高価な弁当を食べている客層は、だいたい決まっている。

急いでいない人。
午後に余白がある人。
食堂の隅で、ゆっくりと箸を進める年配の客たち。

揚げた豚肉を食べた後のような、
胃袋を殴られるような満腹感はない。
たっぷりと脂を摂取したはずなのに、
食後の胃は驚くほど軽い。

残るのは、身体に良いものを摂取したという、
静かな納得感だけだ。

虱目魚肚飯(サバヒー・ハラミ弁当)は、
ただの少し高い弁当ではない。

台湾の弁当箱という四角い空間の中で、
骨抜きという精緻な技術に支えられ、
最も純粋なカロリーを摂取する。

それは、台湾らしい静かな脂の祭典だ。

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