―― 「営業許可」と「場所代」の多重構造 ――
昼間は、ただの道路だ。
バイクが走り、歩行者が横切る、どこにでもある街の一部。
だが夕刻、日が傾き始めると風景が変わる。
トラックが横付けされ、鉄のフレームが組まれ、電球が吊るされる。
わずか一時間で、同じ場所が「店」になる。
不思議なのは、その配置だ。
誰がどこに立つかは、偶然ではない。
寸分の狂いもなく、毎日同じ位置に、同じ屋台が現れる。
そこには、地図には載らない線が引かれている。
目に見えないが、確かに存在する境界線と占有権だ。
「攤販證」という名の歴史的資産
夜市の秩序を語るとき、避けて通れないのが攤販證だ。
地方自治体が発行する、公式な屋台営業許可証。
問題は、その希少性にある。
1980年代以降、多くの都市部では新規発行が事実上停止された。
結果、この許可証は「持っている人しか持てない」限定資産になった。
名義上は譲渡不可。
だが現実には、家族内で継承され、暗黙の了解のもとで貸し借りされる。
紙切れ一枚。
だがそれは、夜の路上に立つ権利そのものだ。
管理委員会という、もう一つの支配者
夜市は一枚岩ではない。
大きく分けると二種類がある。
行政が直接管理する公設夜市。
そして、地元の自治組織が運営する私設夜市。
後者では、攤販證以上に重要なのが管理委員会の承認だ。
誰が出店できるか。
どの位置を使えるか。
すべてが内部ルールで決まる。
清掃費、電気代、警備費。
それらを「管理費」として徴収し、公共空間を商業空間として維持する。
路上は、もはや完全な公共ではない。
丁寧に私有化された、共有の商業インフラだ。
罰金と場所代という、グレーな会計
さらに下層には、もっと現実的なコストがある。
ひとつは場所代。
道路であっても、その背後にある店舗や地主に支払われる金銭だ。
もうひとつは、警察から科される罰金。
許可証を持たない屋台にとって、これは例外ではない。
重要なのは、これが「事故」ではないことだ。
罰金は、営業を続けるための想定コストとして、あらかじめ計算に組み込まれている。
抗議でも抵抗でもない。
淡々と支払われる、実質的な税金のような存在だ。
デジタル化される「衛生責任」
近年、もう一つの層が加わった。
食品業者登録制度、いわゆる非登不可だ。
これは場所の許可ではない。
誰が作った食品かを、行政データベースに紐付ける仕組みだ。
無許可の路上屋台であっても、
食中毒が起きれば、責任の所在は追跡される。
カオスな夜市の風景の中に、
現代的なトレーサビリティが、静かに埋め込まれている。
重なり合う三つの秩序
夜市を支えているのは、三つの層だ。
行政の法。
管理委員会の自治。
地主との経済的合意。
どれか一つが欠けても、夜市は成立しない。
台湾の夜市は、無秩序ではない。
むしろ、秩序が過剰なほど重なり合った、精密なシステムだ。
剥き出しの電球の下で売られているのは、
食べ物だけではない。
都市が夜を生き延びるための、
洗練された仕組みそのものなのだ。


