―― 夜市の「食の安全」を支える見えない仕組み ――
夜市に立つと、まず視覚がざわつく。
高温多湿の空気。人の流れ。
常温で並ぶ肉や内臓、切られた果物。
日本の基準で見れば、どれも「危うい」。
だが同時に、台湾の夜市で大規模な食中毒の話を聞くことは少ない。
この矛盾は、感覚の問題ではない。
衛生とは「清潔そうかどうか」ではなく、
リスクをどう管理しているかという都市設計の問題だからだ。
夜市は無防備に見える。
しかしその裏側では、リスクはすでに数値化され、分配され、回収されている。
「非登不可」──屋台は匿名ではいられない
台湾の屋台は、無名ではない。
少なくとも、行政に対しては。
すべての食品業者は、
食品業者登録制度に登録されていなければならない。
通称、「非登不可」。
店名がなく、看板もなく、
夜だけ出現する屋台であっても例外ではない。
登録されるのは、人と業態。
何を扱い、どこで営業し、責任者は誰か。
それらはデータベースに紐づけられる。
抜き打ち検査が入り、
基準に満たなければ是正指導や営業停止が入る。
夜市は自由市場に見えるが、
責任だけは完全にフォーマル化されている。
地中に埋め込まれた衛生
比較的新しい夜市を歩くと、
路面に不自然な排水口が並んでいることに気づく。
それらは地下でつながっている。
油水分離装置へ。
揚げ油、洗浄水、食材の残渣。
それらをそのまま下水に流さないための装置だ。
油は油で回収され、
水だけが処理されて流れていく。
結果として、
悪臭は出にくく、害虫は寄りつきにくい。
夜市が終わった後、
路上が高圧洗浄されるのも、この設計が前提にある。
衛生は、意識ではなく構造で担保されている。
管理委員会という「内部統治」
夜市は一つの経済圏だ。
一軒の事故が、全体の信用を壊す。
そのため多くの夜市には、
管理委員会が存在する。
行政とは別の、内部の統治機構。
独自の衛生基準を設け、
害虫駆除を一斉に行い、
問題のある屋台には営業を控えさせる。
店頭に貼られた「優良」標章は、
単なる装飾ではない。
あれは、この場所で商売を続けてよいという
通行証に近い。
夜市は放置されているのではなく、
常に内部から監視されている。
不完全さを残すという選択
もちろん、すべてが無菌ではない。
洗い場が簡易だったり、
人の動線が交差したり、
「屋台らしさ」は意図的に残されている。
完全に囲い込み、
完全に工場化してしまえば、
夜市は夜市ではなくなる。
清潔さと臨場感の間で、
台湾の夜市は常に調整されている。
見せない管理と、見える混沌。
そのグラデーションこそが、今の姿だ。
信頼は感情ではなく、プロトコル
夜市で食べるとき、
多くの人は「なんとなく大丈夫そう」で箸を動かす。
だが実際には、
法律があり、登録があり、
インフラがあり、自治がある。
安心は感情ではなく、
プロトコルとして組み込まれている。
剥き出しの鉄板の下で、
静かに計算を積み重ねている。





