―― 近代的な公園の脇で生き残り続ける理由 ――
台北MRTの雙連駅で地上に出る。
右に進めば、中山エリア。カフェ、雑貨、均整の取れた街路。
都市が「見せたい台北」が、そこにはある。
だが、左――民権西路の方へ一歩踏み出すと、空気が変わる。
豚の頭。
山積みの果物。
怒鳴り声のような呼び込み。
コンクリートの街が覆い隠そうとしても、隠しきれなかったもの。
むき出しの食欲。
それが、雙連朝市の入り口だ。
きれいな公園、血の匂い
この朝市が奇妙なのは、立地にある。
すぐ隣には、整備された遊歩道。
今は心中山線形公園と呼ばれ、若者が散歩し、写真を撮り、犬を連れて歩いている。
そのすぐ脇で、肉屋のおばちゃんが中華包丁を振り下ろす。
まな板に叩きつけられる肉。
血と水が混ざった排水。
清潔な都市景観と、剥き出しの商売。
この不自然な隣接こそが、今の台北のリアルだ。
並んでいるのは、観光客向けの土産ではない。
安い下着。
漢方薬。
そして圧倒的な量の生鮮食材。
ここは「見る市場」ではなく、
近隣の主婦や飲食店が、今日の糧を本気で選ぶ場所だ。
線路の記憶と、都市の代謝
なぜ、こんな都心の一等地で、この混沌が許されているのか。
答えは、足元の土の下にある。
かつてここには、台湾鉄路の淡水線が地上を走っていた。
線路沿いには人が集まり、市が立つ。
雙連朝市の始まりは、極めて自然発生的なものだった。
1990年代。
鉄道は地下に潜り、MRTとなる。
地上は公園へと姿を変えた。
本来なら、この時点で市場は排除されてもおかしくない。
だが、雙連朝市は生き残った。
理由の一つとして語られるのが、市場の中心にある文昌宮の存在だ。
学問の神様に参拝し、
その帰りに食材を買う。
信仰と生活、祈りと食。
この結びつきが強すぎて、都市開発の論理でも引き剥がせなかった。
そんな気がする。
台北の胃袋としての機能
すぐ隣の中山エリアには、洗練されたレストランが並ぶ。
だが、そのバックヤードを支えているのは、こうした市場かもしれない。
スーパーに行けば、
整然とパック詰めされた肉が手に入る。
それでも人は、ここに来る。
食材の「死」ではなく、
「生」を確認したいからだ。
ここで買うなら、
その場で切ってくれる旬の果物。
あるいは、塩水鶏。
それを持って、公園のベンチに座る。
気づけば自分も、この市場の風景の一部になっている。
混沌こそが正常
都市は、きれいになりたがる。
効率的で、清潔で、管理された姿を目指す。
だが、人間が動物である以上、
血の匂いや土の匂いを完全に消すことはできない。
雙連朝市は、
近代化する台北の只中で、
「私たちはまだ、生き物である」
という事実を、
毎朝、騒々しく、しかし確実に思い出させてくれる場所だ。
住所: 104台北市中山區民生西路45巷
営業時間: 7:00頃 – 14:00頃 (月曜休みの場合が多いが、文昌宮は無休)
アクセス: MRT「雙連」駅 2番出口を出てすぐ左側。民権西路駅方面へ続く細長いエリア。
地図: https://maps.app.goo.gl/RmUu4GioWqk64yAJ9
かつての淡水線線路跡に広がる、台北で最も活気ある朝市の一つ。中心にある「文昌宮」とセットで訪れるのが定番。隣接するおしゃれな線形公園(心中山線形公園)とのコントラストが見どころ。


